最後まで書き上げるためのモチーフのチカラ

この記事はKindle作家”米田淳一”さんからゲストポストいただきました

1303252

こんにちは、米田淳一です。昨日に引き続き、わたしの創作論についてお話をいたします。
今回のテーマは「物語を書き上げる」。モチーフの重要性と書き上げることで得られる力についてです。
前回の記事はこちら:Kindle小説のススメ「ちょっと一工夫して物語を作ってみよう。いろいろいいことあるから」

作品を書き上げるために必要なものはモチーフ

多くの物語の書き方本ではここまでの物語のモジュール化による構成法は書いてありますが、結構書かれていないけれど、とても大事なことがあります。それは、なぜその話を書きたかったのか、書きたくて仕方がなくなったのか、というモチーフをしっかり持つことです。それがそういう苦しい時に、一番の原点となり拠り所になります。
それがあれば、平板に見えたところが手を入れれば厚みをもたせられ、奇をてらったようなところに伏線を用意したり全体のまとまりを調整したりするときの基準になります
このモチーフをしっかりともち、書いていく上で作業と確認を往復するというのは非常に重要で、私の場合一番こういうことを直接教わった山田正弘先生(「ウルトラQ」の脚本担当)
http://ja.wikipedia.org/wiki/山田正弘
に初めて教わった時、渡された教材の紙には「モチーフ!」の一言しか書いてありませんでした。それから20年近く経ちますが、今思っても、物語作りは本当にこれに尽きます。
くじけない、夢を諦めないためにも、モチーフをもち、それが良くないんじゃないかと思ったら、それこそ書く作業をすべて中断してもいいから、真剣にそれを検証しましょう。
そこには物語を力強くさせる、いいヒントが必ずあります

苦手は克服しない

何でも書けるようになりたい、と思うことはあります。SF好きだけどホラー要素をも入れたいとか、推理もできるようになりたいとか、歴史小説にも挑戦したい、と思うことがあるかもしれません。そして、それもできる方が技術として上と思うかもしれません。
しかし、モチーフを大事にするためにあえてモチーフと関係ない分野は、さっくり無視していいです。逆に読んでいてむかつく分野、苦手な分野、投げ捨てたくなるような分野、自分の虫酸の走る分野は、無理に読まなくていいんです。それより小説のほかに、自分の好きなことを増やしましょう
私の場合鉄道模型と3Dモデリングをやってみています。まだまだうまくはないですが、頭がカチッと切り替わるのでリズムづくりにもなります。鉄道模型もPCのキーボードではなく工具やプラスティックを手先でいじるので気分も脳の使い方も違います。
そして鉄道模型と3Dモデリングで未来世界の交通や風景を考える、というところで、小説の作品世界に程よい距離で統合されて反映しています。そういう第2第3の好きなことを持つほうが、苦手小説の克服よりずっといいです。第2第3の好きなことが第1の好きな物語作りと結びつき、相乗効果を上げることはよくあります。
趣味が多いとお金がかかりすぎる欠点はありますが、でも別に誰かと競争するのではないのですから、自分の楽しみに小さく、少しずつやってもいいのです。それに、なんで自分がそれが好きなのかを観察するのも良い訓練になります。
まず、専門性を優先したほうが書いてて楽しいし、当然うまくなります。マーケティングなんて考えなくてもいいのですが、でもちょっとそういう面にも専門性は有効です。

こだわりが物語に魅力をあたえる

これは谷本真由美さん「日本が世界一「貧しい」国であることについて」にある専門性の表現なんですが、『「アイドルとアニソンと演歌とブラックメタルと文房具も扱うレコード屋」ではなく「ノルウェーのブラックメタルバンドに特化したCD専門店」になる』ほうが絶対にマーケティング的にも実はいいのです。
あれもこれもと欲張って、広く薄い物語は魅力も薄くなります。他人の好みに対しては心は広く持つべきですが、自分の好みに対しては徹底的にこだわりましょう。
無理してなんでも屋さんになることはないのです。そんな辛いことをして、魅力が薄いものを書いたり、自分の不得意なものを不得意に描いて、つまらないあら探しやツッコミを受けたり、それを理由にせっかく作った物語を壁に投げられたりするのは、全く割に合いません。
ですから、好奇心が向けば調べたりしてもいいですが、基本的に自分が知らない不得意な分野については、知らないんだという前提で警戒して書くより、もう知らない分野は、まるっと初めからぜんぜん書かないのも正しい方法なのです。
それでは書くものの世界が狭くなる、と思うかもしれません。
でも、広く薄くを深めるのは辛いですが、こだわった好きなものを掘り下げて、その先の普遍的なものにたどり着く方向のほうがずっと楽しみながら、結果、世界が広くなります
アイドルとアニソンと演歌とブラックメタルと文房具にそれぞれ付け焼刃の知識をすこしずつつけるより、ノルウェーのブラックメタルを追求し、ブラックメタルについて詳しくなり、その背後のノルウェーにも詳しくなっていけば、自然と欧州史や欧州文化についても、すこしずつ楽しく身につくというものです。
一流は万流に通ず、です。一流になることを目指すには、すでに見えている自分の好奇心の向く、得意で好きなことを徹底的に伸ばすべきです。

最後まで書ききることでしか得られない力がある

そしてまず拙くてもちゃんと最後まで書ききること。書ききることでしか物語構成の力は得られません。そして書ききってから次の作品を考えたり、他の方の作品を分解したりとやっていくと、「本当にすごい物語」にはムダな説明や行数稼ぎは一切ないことが見えてきます。
私が描く物語の理想の方向の一つがそれです。キレッキレに展開にも描写にもまったく無駄のない物語。もちろん無駄なようなものがある物語の楽しさもありますし、そういうものを私も書くことがあります。
そこで今という時代が幸せなのは、そのどっちを書いても、個人出版の電子書籍なら問題ないことです。自分の書く力さえあれば、無限に書いて、もしかしたらそれを読んでもらえるかもしれないという自由があるのです。それはとても幸せなことだと私は思っています。
あと、描写と説明の違いがわかるようになると、書くことが更に楽しくなります。事実を説明しているだけの文章を描写に昇華することは、また書いていてとても楽しいことです。物語を書いていると、キャラクターが勝手に喋りだしたり、予想外の展開になってしまうことが増えてきます。でもモチーフという原点を見失わず、また説明を入れても描写にできる力を手に入れれば、キャラクターや展開がどんなに暴れだしても大丈夫になります。

自分の下手さ加減と向きあう

物語を書く上では、何度も自分の下手さに直面します。でもそれはいつも、自分の見る目が肥えてきたからの場合が多いです。見る目は無限に肥えていきます。でもそれに追いつくように、自分の下手さに負けずに書かなければ、眼高手低がひどくなるだけです。自分でキーを叩いて書かなければ、書くのがうまくなることは絶対にありません。
それどころか書く上で気づくようにとオープニングのリズムの練習と構造の理解のために特に素晴らしい他の方の作品のオープニングをキーで打って写すこともやりました。
物語を書くのはそういう面でひどく孤独な作業です。作家で仲間を作っても孤独です。結婚して嫁さんに読んでもらっても、友人にビールおごって読んでもらっても、オカンに読んでもらっても孤独な作業です。この孤独との対決も課題になりますが、結局それは解決できないもののようです。唯一その代わりになるとしたら、過去の自分を残しておくことぐらいでしょう。そこで執筆メモとかは残しておくと、恥ずかしいですがそれなりに自分を奮い立たせてくれることもあります。読者ができて感想をいただけたときもそうなることもあります。
ちなみに私は集中し過ぎると何も聞こえなくなります。流しっぱなしのテレビで大事件が起きていても気づかないほどです。なぜそうなったのかはわかりませんが、その集中で、今は物語の概略をいつでも作れます。こうなると物語を書くといって特別に時間をとる必要がなくなるので何かと楽になります。

本当に細かいけれど、ちょっとした工夫

今、ライトノベルが流行っていることになっています。そのなかにいろいろな話がありますが、ちょっと一工夫できそうなところがあります。それは……(3点リーダー)と――(ダッシュ)の使い方です。
これ自身はリズムやスピード感や間を作るのに有効なことも大いにあります。ライトノベルのあの独特な軽やかな読み口を演出しているところもあります。
でも、自分で書くのなら、ただ漫然と使わず、ちょっと考えてみましょう。
・黙っている時に……を使うのが常に正解か?
・地の文で間を開けるときに――を使うのが常に正解か?
・間を開けるときに空改行をバンバン入れるのが常に正解か?

実は、ここが工夫のしどころなのです。
「……」と黙っている時も、何故黙っているか、どういう様子で、どういう表情で黙っているかを記述することができます。それがいい描写になることもあります。
間を開けたいとき、――を使わないことで、シーンに間が開いているのにガッチリとした感じを作ることができます。文体が引き締まるかもしれません。改行も、ただバンバン入れるのではなく、ここだ!というときに投入すると、効き目がさらに上がることがあります。
ただ漫然と使わないで、時にはこういうものをできるだけ使わないシバリをいれて書いてみてもいいかもしれません。そこで違いがわかった上で……と――、空改行を使うと、明らかに差がつきます。
わかった上で、その時に最適なものを使い分けで選ぶ「引き出し」が増えることは、決して損になりませんよ。

システムというセオリーを使ってみる

物語作りの訓練で、日常タダでじゃんじゃん流れているテレビドラマも観察してしまうのもありです。ただボーッと見るのも休息になりますが、ちょっと余裕のあるときは、ちょっとそのドラマの構造を分析してみるのも良い訓練になります。

古い物語作りの指南書には「バディシステム」なんて言葉が出てきますが、それはなんてことはない、今TVで流れているドラマ「相棒」の杉下右京警部とその相方、というのがそれです。
ちょうど今じゃんじゃん再放送していたので、見ながら分解しましょう。
まず、推理しているのは右京さんですか? 実は違います。右京さんは、実は話を「作って」いるのです。ドラマの通りの時系列で見ていきます。「相棒」初期のレギュラーシリーズによくあったパターンです。
・まず事件が起きます。
・そこで右京さんがおかしい点を気づきます。
・そして次から次へとおかしい点を置いていきます。
・その度に「ちょっと気になったことがあるのですが」と右京さんが言います。
・それを相棒の亀山薫や神戸尊・甲斐享が、まず「いやそれは普通でしょう」と受けます。
・ところが右京さんが「確かにそう思えますが、しかし」とします。
・それに相棒が「ホントですか?」「ええっ?」といちいちリアクションします。
・そこで右京さんが「ここにこういうものがあります」とさらに資料や証拠を提出します。
・必要なら鑑識の米沢守に「調べてもらいましょう」と右京さんがパスを出します。
・それに事件の関係者と、そのまた関係者が次々と浮かんできます。

が、それを結びつけているのはあくまでも右京さんです。関係者の証言や鑑識の結果も入りますが、それも右京さんが「ちょっとそれについて気になる(略)」と気づき、相棒が「そりゃ普通(略)」のパターンで連鎖的に続いていきます。
その右京さんも予想外だったように右京さんと相方が揃って「はい?」なんて言う展開もありますが、それより多く右京さんの「細かいことが気になる」ところが続きます。
また途中に関係者が更に死んだり、内村刑事部長から横槍が入って、捜査がどうにもならなくなったりもしますが、その時には「花の里」なんかに行ったりして、たまきさんや幸子さんに何気ないヒントを貰ったりして、そこで右京さんがやっぱり気づいて話はまた動き出します。

そして、最後。

右京さんが「真相はこういうことではありませんか?」とここまで置いてきたおかしい点を全部つないだ「話」を犯人につきつけるのです。そして犯人が言い訳とかをした時、ついに右京さん激怒の「まだ、わからないのですか!」が発動したりします。
そこで右京さんの思っている事が出ます。あとは犯人が捕まるなりして話は完結です。
ドラマでは簡単に全部が見えないように、途中に亀山・神戸・甲斐さんだけのシーンがあったりしますが、1時間枠で完結する話ですので、見終わってから思い返すと、右京さんが話を作っているのがよくわかります。
あのドラマは、逆算でできるのです。

長くなりましたのでここで一区切り。次回は相棒に学ぶモチーフと、名作を生み出すセオリーについてお話しします。

この記事を書いた人

米田淳一 Junichi YONETA Twitter @YONEDEN
1973年8月生まれ。秋田出身・神奈川県山際在住。日本推理作家協会会員。
SF中心に講談社・早川書房などから商業出版の著書13冊。現在パブーで著作60点。主な著書・「プリンセス・プラスティック」シリーズ(講談社ノベルズ・早川文庫JAで既刊)

米田さんのKindle本

エスコート・エンジェル (プリンセス・プラスティック)
米田淳一 (著)
価格:600円
評価:最初のレビューをお待ちしています

早川書房から2001年に発行したエスコートエンジェルの2訂版です。王女に与えられた密命、それはバチカンと皇室が互いに保有する、世界の運命を記した最新版の預言書だったのだ。王女の任務の重みに、シファは胸を痛めつつ、それでも戦う。

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