文章校正の5つのテクニック「誤字・脱字・誤変換を効率よく発見する方法」

この記事は”八幡謙介”さんからゲストポストいただきました

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はじめまして、ギター講師兼作家の八幡謙介と申します。今回私は、文章の「校正」について投稿したいと思います。
個人/プロ問わず、作家の皆さんは、日夜作品の推敲に余念がないと思います。きんどうさんでもそういった、どうやって作品の質を上げるかについての記事が見受けられます。が、文章の校正、つまり「誤字・脱字・誤変換のチェック」については、あまり語られていないようです。まあ確かに、探して、見つけて、訂正するという地味な作業なので、誰でもできるし、テクニックなんぞ必要なさそうな気がします。しかし、個人作家さんの作品を読んでみると、売り物にもかかわらず、驚くほど「誤字・脱字・誤変換」が残っています。(以下、「誤字・脱字・誤変換」を「誤字」で総称)。

クオリティアップは推敲よりも『校正』が鍵

KDPでは無料サンプルが気軽にDLできることが魅力です。私も気になった作品は落として読んでみるのですが、誤字の多い作品を手にすると、非常に残念な気持ちになります。
ひどいものはもう、1ページ目から誤字があります。そんな作品は、すぐに読むのをやめてアカウントから削除します。大切な冒頭シーンで、誤字を放置したまま出版するような気配りのない作家の作品を、私は読みたいとは思いません。ましてや、お金を払ってDLなんてもってのほかです。きっと多くの読者もそう思っていることでしょう。
ちょっとぐらい誤字があってもいいじゃん? それより作品そのもので評価してよ」という考えもあるのかもしれませんが、それは作者の甘えです。文章のあらゆる要素が作品に影響しているのが小説ですから、誤字は純粋に、作品そのものの落ち度と考えるべきでしょう。しかし、逆に考えれば、誤字をなくせばそれだけで作品の質が上がるということです。
文章やプロットを練り上げる推敲テクニックも重要ですが、誤字を徹底的に駆逐する校正テクニックも、作家には絶対に必要な能力です。私自身まだまだ未熟ですが、出版社を介しての仕事と、個人での電子出版の経験から得た校正テクニックを、少しばかりご紹介したいと思います。

テクニックその1.校正は紙でしよう!

私の出版デビューは、2009年の「ギタリスト身体論」というギター教則本でした。これは、持ち込み原稿が採用されたものです。当然、持ち込みの原稿は、完璧でなければ心証を悪くします。ですから私は、素人ながら校正に苦心しました。
そのとき、図らずも採用した方法は、一旦紙に印刷してから校正する、というものです。なんとなく、その方が誤字が発見しやすい気がしたからです。後々、プロの作家さんも校正は必ず印刷した原稿で行うということを知り、自分の感覚があながち間違っていなかったことを知りました。
しかし人は油断するものです。「ギタリスト身体論」が好評を博し、二作目三作目と教則本が出せるようになりました。その過程で一度私は、油断してPCモニタで校正をし、入稿したことがあります。当然、出版社から送られてきたゲラは、誤字でいっぱいでした。改めて紙での校正が必要不可欠だと知ると同時に、自分の浅はかさを痛感しました。それ以後、教則本の校正は必ず紙で行ってきました(小説の校正では、kindleを使いました、後段参照)。
しかしなぜ、紙で校正した方が誤字が発見しやすいのでしょうか? 私の経験はともかく、著名な作家さんもやはり紙での校正を推奨しています。実はこれには、れっきとした研究が存在していたのです。

反射光と透過光 ~マーシャル・マクルーハンの研究

我々は、TVやPCのモニタに写った文字を「透過光」を介して、紙に印刷された文字を「反射光」を介して読んでいるのだそうです。簡単に言うと、「透過光」は、それ自体(モニタ)が放つ光、「反射光」は、蛍光灯などの光を(紙が)反射したものです。メディア論のマーシャル・マクルーハン氏の研究によると、「透過光」で見る場合と「反射光」で見る場合では、我々の脳の情報処理モードが違っているのだそうです。以下、箇条書きでその違いを上げておきましょう。

「透過光」

デヴァイス:TV、PCなどのモニタ、iPadなどのタブレット
脳の状態:くつろぎモード
情報を受動的に受けとめようとする
誤字を探す作業には向いていない

「反射光」

デヴァイス:映画、印刷物、Eインクの端末(Kindle)
脳の状態:分析モード
能動的に情報をチェック
校正向き!
詳しくはLM-7氏のブログ「A Successful Failure」より、『プリントアウトした方が間違いに気づきやすいわけ』http://blog.livedoor.jp/lunarmodule7/archives/3562467.htmlを参照。
これが、「紙に印刷した方が校正がしやすい」という意見の科学的根拠です。ちなみに、私は拙著「セームセーム・バット・ディッファレン」をKindleで校正してみましたが(データをKindleに送り、それを読みながら誤字を発見したら一太郎で修正していく。一旦全て終わったら、また新しいデータをKindleに送る……)、感覚的に紙での校正に近いものが得られました
長編小説などは、紙代、インク代、印刷時間等を考えるとEインクで表示される読書端末を使った方が、長い目で見ると経済的なのかもしれません。ちなみに、iPadなどのタブレットは駄目ですよ、「透過光」なので。

誤字は湧いてくる?

さて、校正はPCモニタではなく、紙に印刷してからか、Eインクで行うべきだということが分かりました。じゃあこれで校正は完璧! とはいきません。むしろここからが地獄です(笑)
既に述べた通り、私は初めての出版物である「ギタリスト身体論」の校正を紙で行い、完成した(つもりの)原稿を出版社に送りました。企画が通り、組版→校正と進んだのですが、ゲラを見て驚きました。あれだけ何度も何度もチェックし、完璧だと確信したにもかかわらず、ゲラは誤字のオンパレードだったのです。さらに再校→再々校と進めても、本当に誤字がひとりでにインクとなって湧いてきたんじゃないかと思うぐらい、後から後から発見してしまいます。しかも校正は、私一人ではなく、百戦錬磨のプロ編集者との共同作業です。それでも見落としはたくさんしているのです。
一回の校正で、私は最低でも二度は精読します。編集者も同じでしょう。ということは、初校から再々校までいったとして、二人の人間が六回ずつ、計十二回はきっちりと誤字をチェックしながら読まれていることになります。もちろん、入稿の時点で私自身何度も読み返して個人校正していることは言うまでもありません。しかし、それでも刊行後に必ず誤字を発見します。ここまでご説明すると、私が「誤字は湧いてくるんじゃないか?」と言ったのも理解していただけるかと思います。
しつこいようですが、上記は二人で行っている作業です。私はともかく、編集者は原稿を扱うプロです。それでも見落としは絶対にあるのです。ましてや、アマチュアの個人作家がたった数回、一人で、しかもモニタを見ながら校正しただけでは、誤字の嵐であることは当然です。
「では、紙に印刷して十五回から二十回程度校正すればいいのか?」
確かに、回数が多いほど精度は上がるでしょう。しかし、ただ数をこなすよりも、もう少し効率のよい校正法があるので、それをご紹介します。

テクニックその2.順番に読まない

私が発見した最も効果的な校正法は、「最初から読まない」ことです。といっても、既に実践している人も多いかと思いますが。校正のために作品を精読する際、律儀に最初から読んでいませんか?
たとえば、プロットの推敲なら流れを把握しながら読む必要があるので、最初から読み進めるべきでしょう。しかし、誤字を発見し訂正するという目的であれば、最初から順番に読む必要はありません。
同じ人間が最初から読む場合、疲れて集中力が落ちてくるポイントはだいたい一緒です。いったん休憩して、また読み始めても、また同じあたりで疲れてくるので、何度読んでも同じポイントで誤字を見落としてしまいます。それを防ぐため、一度最終章から読んでみます。十章あれば、第十章を読んで、第九章、第八章と逆に読み進めていきます。しかしこれだと、また同じポイントで疲れが出ます。ですから今度はランダムに読んでいきます。たとえば、第五章、第二章、第七章……と。こうすることで、誤字の見落としは相当減ると思います。

テクニックその3.漢字の叩き読み

校正の際、最も発見し辛いのが、漢字の誤変換です。特に熟語は、つい流して読んでしまうので、誤変換があったとしてもなかなか気がつきません。
そこで、漢字が出てきたときは必ずペンで叩きながら読むようにします。この場合紙でないと厳しいですが。そういう癖をつけておけば、流し読みで誤変換を見落とす確率もずいぶん減るはずです。ちなみに、これだとリズムに乗った快適な読書にはなりませんが、校正は読書ではありません。楽しんで読むのは完成してからにしましょう。

テクニックその4.句読点の前に注意

文章を推敲すると、「てにをは」が常に変化します。推敲に熱中するあまり、この「てにをは」を的確に変化させることを忘れて、意味が通らなくなっていることがよくあります。「てにをは」は、句読点の前に来ることが多いと思います。たとえば、
【私は彼女に別れを告げて、振り返ると--】
という文章があったとします。やっぱり読点「、」を句点「。」に変えて、文章を一旦切りたいと思い、
【私は彼女に別れを告げた。そして振り返ると--】
とするとき、ついつい下記のように「てにをは」をそのままにしてしまいがちです。
【私は彼女に別れを告げて。そして振り返ると--】
これも流し読みすると見逃す率が高いので、句読点の前はよくよく注意して読むようにしましょう。

テクニックその5.「推敲は推敲、校正は校正」

私もよくやりがちなのですが、推敲作業と校正作業を、ついつい同時に行ってしまいます。しかし、既に述べたとおり、両者は違う作業です。ですから、校正時に「あ、ちょっとここの表現が」とか、「文章のリズムが悪いなあ」と気付いても、手直しはぐっと我慢するようにしましょう
校正時に、気づいた所をちょこちょこと推敲して、後で読むと余計に文が乱れていたということが多々あります。推敲は推敲、校正は校正と、目的をきっちり把握して行いましょう。

まとめ「結局、何回精読すればいいのか?」

これが一番悩むところだと思います。答えは「誤字がなくなるまで」ですが、その「誤字がなくなった」ことは自分では判断できないので、やはり目安が必要となります。そこで私の提案としては、
・頭から順読み一回、
・最終章から逆読み一回、
・章をシャッフルして(できるだけ真ん中あたりから)三~四回、
・さらに最低丸二日空けてから一回(逆読みまたはシャッフル)、
・ダメ押しに二日以上空けて、
・最後は順読みをします。
最後の二回は、一旦原稿をほったらかしてぜんぜん違うことをし、まっさらな気持ちで校正します
個人作家の強みは、なんといっても締め切りに追われないことです。そのアドヴァンテージを最大限に利用して、とことん校正に時間を費やすべきでしょう。余談ですが、拙著「セームセーム・バット・ディッファレン」でもこれぐらい校正しました。そしてその結果、案の定誤字は湧いて出ました(笑)いや、見落としていただけなんですけどね……。それでも紙の本で推定65ページの作品で、二文字程度の見落としでしたので、個人校正ではまあまあかなと思います。

以上長々とご説明しました。「めんどくさい」と感じますか? はい、私もそう思います。しかし気は持ちよう、ゲーム感覚で校正していくと、結構面白いですよ。たとえば、誤字ひとつ発見するたびにお菓子を食べられるルールを設けるとか(笑)私は甘いものは食べないのでこれは採用していませんが。
とにかく、誤字のない小説はすっきりしていて気持ちよく読めるものです。自分の小説を最後まで読んでいただき、感想をもらう。そのためには、最低限の礼儀として「誤字ゼロ」で読者様に提供する。これが小説を書くことの基本中の基本だと私は思います。

この記事を書いた人

八幡謙介(やはたけんすけ) Twitter @kensukeyahata
京都生まれ、ギター講師兼作家。中学生の頃よりギターと本に親しむ。
2003年バークリー音楽大学卒業。アメリカ東海岸での音楽活動を経て、渡欧。ハンブルク、アムステルダムなどに滞在し、音楽修行の後、2004年帰国。滋賀県でギター教室を営む傍ら、演奏活動を行う。2009年より、これまでにない斬新な視点のギター教則本を次々と発表。2011年、横浜に移住し、八幡謙介ギター教室を開講。2012年より小説の執筆を開始。
ブログ「自作解題」 http://k-yahata.hatenablog.com/
「肯定的文学論」 http://yahata-book.hatenablog.com/

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