【書評】神林長平「フォマルハウトの三つの燭台〈倭編〉」

フォマルハウトの三つの燭台〈倭篇〉

神林長平 (著)
価格:1,512円
★★★★★ 2件のレビュー

人工人格家電の自殺疑惑、非実在キャラクターを殺したと主張する被告人、雇用を迫る対人支援用ロボット。起こりえない事件を解決するため、男たちは燭台に火を灯す。それは「真実を映し出す」と語り継がれる、フォマルハウトの三つの燭台。

神林長平 最新作 「フォマルハウトの三つの燭台〈倭編〉」

人工人格家電の自殺疑惑、非実在キャラクターを殺したと主張する被告人、雇用を迫る対人支援用ロボット。起こりえない事件を解決するため、男たちは燭台に火を灯す。それは「真実を映し出す」と語り継がれる、フォマルハウトの三つの燭台。

もしAIつきの家電が自殺したら。もし自分がロボットに憑依したら

日本のとある大学の実験で、学生が人型ロボットを遠隔操作していたときのことだ。別の人間がそのロボットの頬をつっつくと、操作している学生の方が痛みを感じたという。もちろん触覚や痛覚を共有していたわけではない。学生は人型ロボットを通じて他の人間と話をしているうちに、ロボットの体を自分の体のように感じたのだ。ヒトの意識がロボットに乗り移ったのである。(参考 『ロボットとは何か 人の心を映す鏡』 石黒浩

昨今、ポケモンGOのAR(拡張現実)や、PlayStationVRなど仮想現実のニュースをよく耳にする。いずれ我々も自宅に居ながら、遠くの実家に意識だけ里帰りさせたり、飛行機に乗らずに海外旅行を楽しんだりできるだろう。遠隔地にあるロボットが記録している映像や音声を自分が受信し、さらにそのロボットを意のままに操作することができたらどうだろうか? それはすでに、自分の意識がロボットに「憑依」したとは言えないだろうか。もし自分がアリバイを証明するとしたら、自分は肉体とロボット、どちらにいたと言えるだろうか?

AIに関するさまざまな事件に遭遇する連作短編

黒田渚@KosugiRanです。神林長平「フォマルハウトの三つの燭台〈倭編〉」のレビューをご紹介します。

本書は、日がな1日読書にいそしんでいる和装の中年男、林蔵(りんぞう)が、AIに関するさまざまな事件に遭遇する連作短編である。林蔵はある日、フォマルハウトの燭台と、しゃべるウサギのジャカロップに遭遇する。

燭台に火をともすと、自分が他人の意識に乗り移ったり、未来にワープしたりと、不思議なできことが起こり、結果的に事件は解決する。やがて3回目の火を灯そうとするが、その燭台に3つの火を灯すと、世界が終わると言われていて——。終盤はAIのシンギュラリティ、ロボットの反乱にまでテーマが広がっていく。

AIつきトースターの自殺の真相

小説は3話構成で、1話目は、AIつきのトースターが自殺した、という事件から始まる。この時代では冷蔵庫や掃除機にもAIがつくようになり、家電同士のおしゃべりでケンカも起こるらしく、それを調整する『知能家電管理士』なる職業まである。しかしレンジの自殺の真相は意外なものだった。

(余談だが、2017年夏にGoogleから「Google Home」というAIつきのスピーカーが日本で発売される。円筒形の、デスクの上に置く照明スタンドのようなものだが、これに話しかけると音楽をかけたりネット検索をしてくれたりするらしい。使えるかどうかはともかく、部屋にあっても違和感のないスマートでかっこいいデザインで、感動してしまった。本書の世界が現実になりつつある)。

"意識にわかるのは、自分は自分だ、ということだけだ。特定のだれなのか、というのはわからない。"

2話目は、林蔵の知人が不可解な殺人と自殺をする事件である。テーマはロボットと仮想現実だ。冒頭の、意識だけ実家に飛ばして里帰りするという技術だが、実家にロボットを置いておき、そのロボットが受信する映像や音を取得するだけである。ロボット型のSkypeのようなものだ。

しかもそれは、実家にいる家族も里帰りを感じることができる。ロボットはキティちゃんの人形でも良い。その人形からお父さんの声が聞こえて来たら、聞いている人はその人形をお父さんだとみなすことができる。さらに人形が声に合わせて頭や手を動かせば、よりリアルに感じることができる。人は簡単にロボットに憑依することができるし、見る側も簡単にロボットを人と見なすことができる。

3つの燭台に火をつけたとき、世界は終わる。それをおじさんが救う

本書にもうひとつキャッチコピーをつけるとするなら、これであろう。始めはいい加減な坊主の男だと思った林蔵も、最後は戦う僧のように超かっこよく見える。(そもそも林蔵は、はじめは脇役として登場する。一番出番が多いキャラクターが主人公であるとは限らないが、主役級であることはまちがいない)。タイトルに『倭編』とあるが、燭台にまつわる続編があるのかもしれない。

そして最後に、作中に無数にちりばめられた伏線。本書のテーマは『意識』と『世界』であり、作中では数回視点が変わり、世界が変わる。読み手は1回の通読で物語が完結したと思うかもしれないが、再読で必ず新しい面白さに気づくことができる。それはきっと読者の『意識』が変わり、見る『世界』が変わったからだ。本書で様々な物体に憑依する体験をしてみてほしい。

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