【書評】池辺葵『ねぇ、ママ』

こんにちは、きんどるどうでしょうです。新企画「きんどうが気になってる新刊を代わりに紹介してください(仮)」の8冊目。

『繕い裁つ人』『プリンセスメゾン』と実写化が続く漫画家・池辺葵の短編集『ねぇ、ママ』を取り上げていただきました。淡々とした人の機微を描く池辺葵作品は大好きなんですが……どうも最近、エログロなバナー広告を見る機会が増えて母親がテーマと聞くとどうもなぁ思って様子を見ていましたが……。大丈夫、安心して。これは救いです。

頂いたレビューの最後に『やっと1日を終えた深夜、自分のための甘いお菓子と一緒に読みたい』と頂きましたが、読んだ全員と「だよねー」と共感できると思います。いやぁ、さすが池辺葵、染みる。いい。とても良かった。

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やっと1日を終えた深夜、自分のための甘いお菓子と一緒に読みたい『ねぇ、ママ』

@notkirin__です。この度きんどうさんに機会をいただきまして、「繕い裁つ人」「プリンセスメゾン」の池辺葵さんによる母をモチーフとした短編集「ねぇ、ママ」の紹介をいたします。

正直なところ最初の一編を読んだときにはああこういう感じね、と思った。子どもはいつか母親を必要としなくなるというありふれた話か、と。



1編目は独り立ちする息子を送る最後の晩餐の話だ。母は1人きりでハンマーを振るうことになるが、その悲しみを息子にぶつけることはしない。なんてことはない、作るお弁当の数がふたつからひとつに減っただけ。

懐かしさを感じさせる古いアパートの小さな台所の風景が、これまで母と子が過ごしてきた日々を、1人になった母がこれから過ごしていく日々を感じさせる。

2~4編目はいずれも子どもを話の軸としている。連続した話になっている2編目と4編目は修道院に暮らす2人の少女の話だ。子どもは馬鹿で一生懸命で正直で、なんていじらしいのだろう。友の幸せではなく平穏を祈る少女の思いやりに心打たれた

3編目はひとりぼっちの女の子の話。自称魔女と自称ハンプティダンプティが出演するので、可愛らしい絵と相まって童話のよう。ど直球に可愛いおかっぱの、親に顧みられなくともひねくれていない素直な女の子は果たして現実に存在するのだろうか? あざとすぎる気がしてなんだか悔しいのだけど、やっぱりラストシーンにはいとしい子の幸せを願わずにはいられなかった。

5、6編目はおばちゃん姉妹が共通の登場人物として出てくる。てんで息の合わないにぎやかな2人の珍道中が微笑ましい。

6編目は引きこもり息子が突然家を出て慣れない遠出に戸惑うという、この話もまたテーマとしてはありふれたもののように思う。母親の後悔に対する父親の印象的な台詞があった。また息子くんが目指した場所では彼の感動が伝わってくる素晴らしい見開きのページがあり、紙の本も手に取りたくなってしまった。

最後まで読んでも、最初の一編を読んだ感想が大きく変わることはなかった。どれも目新しい題材の話ではないし、奇をてらう展開もない。だが現実の人生にも、ドラマチックなことはそれほど起きない。

世の中の多くの母は子を慈しむし、多くの子供にとって母に代わる存在はない。もちろん、すべての親子には当てはまらないことも作品の中に表されている。血の繋がりはなくとも母のように誰かを愛おしむ人の姿も印象的だった。電子書籍で読んでなお感じる温かみのある絵によってその当たり前のことが丁寧に描かれた良作であると感じた。

オーソドックスな題材に正面から向き合うと、(冒頭の私のように)ありきたりだと批判されることもあるだろう。そこから逃げずに真摯に描く勇気があったからこそ今作は温かく身近な物語なのだと思う。また台詞が少なめで、人物や風景のみのコマが多くある点にも好感を持った。過剰な演出のない淡々とした物語は、読み進めるうちに静かな映画を見ているようなくつろいだ気分にさせてくれる。

日常に疲れ切って気分転換がしたいけれど、手に汗握る冒険譚や辛辣な社会風刺は読む気力がない、という人にお勧めする。やっと1日を終えた深夜、自分のための甘いお菓子と一緒に読みたい一冊だ。


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ねぇ、ママ

池辺葵 (著)
価格:566円

愚直で、凡庸で、時に狡猾で。それでも母親はすべての子供たちを照らす優しい光。「母」をモチーフにした珠玉の短編集。かつて子供だった母親と、やがて母親になる子供たちへ。

*今回、書紹介のため本文内画像を複数引用しております。引用といえる範囲内での画像書籍画像を本文内に掲載しておりますが、著作権者の方から申し立て頂き次第すぐに削除等の対応をさせていただきます。

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