『これは珠玉だ!愛してる!』コミック担当書店員が選んだ10月発売のシリーズ第1巻・単巻完結5作品

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どうもこんにちは。今日も本屋で本まみれ、リアル書店でコミックを担当していますJuuunでございます。

本屋で働いてりゃ本にまみれるのは当然なのですが、家に帰っても本にまみれる日々が続いております。いえ、本望なのでいいんです、いいんですけど、問題は床から生えてる積読タワー。ざっと目測で300冊ほどでしょうか。かれこれ数年、一向に減る気配がありません。ああ何故かしら、ってそりゃ次々買うからです。だって毎月毎月、面白い本が世に出るんですもの!

さて、世に出る新刊、これは漫画に限ると毎月1000冊近くあるわけですが、その半数以上は既にシリーズ化している作品の続刊だったりします。そして残りの半数に、新たな物語の始まりや、色とりどりの短編集が含まれています。後者は云わば、新刊中の新刊とも呼ぶべき作品たち。つまりは、やがて名作と呼ばれる漫画の源泉なのです。

ではそんなリアル書店員がコミック新刊の中でもシリーズ1巻目となる作品、もしくは単巻完結の作品のみに絞った『ザ・新刊』のお勧め記事を書いていこうと思います。今回は少し前に遡りまして、10月の新刊コミックからキラリと光る5冊をピックアップ。さあ、きんどう読者の皆様、どんどん手を出して参りましょう!

『これは珠玉だ!愛してる!』コミック担当書店員が選んだ10月発売新刊コミック

世界を救った魔女は、深夜の通話が大好物。だって家に帰ると、ひとりなんだもん!

マヤさんの夜ふかし 1

保谷伸 (著)
価格:540円 50%ポイント還元
★★★★★ 4件のレビュー

漫画家志望の豆山は、今夜も深夜作業。原稿のお供は自称“魔女”のマヤさんとの通話。不毛で意味がなくて、でもなんだかやめられないマヤさんと豆山の夜ふかしコメディ☆

『キミの声と過ごす、午前3時の不毛地帯』――。

まずこのキャッチコピー、最高である。超的確。まじ的確。しっくり感ハンパない。たった18文字で、この漫画のあらすじも魅力もまるっと表現できすぎている。いやもう2016漫画キャッチコピー大賞なんぞが開催されていたならば、わたしひとりで500票くらいぶち込んでる。

もうこのキャッチコピーさえあれば何も語る必要ねえやと思わなくもないのだけれど、何たることか、この作品を知らない人はまだまだ大勢いるようで。ならばここぞとばかりに語りましょう、18文字に込められたその魅力!

東京と東北。遠く離れた場所で生きつつ、ネット通話で繋がるふたり。片方は自称・魔女のマヤさん(巨乳)。飲食店でバイトに励みつつ、六畳一間で自堕落ひとり暮らし中。もう片方は漫画家志望の豆山(貧乳)。日々〆切に追われつつ、実家住まいでコツコツ原稿に励む。豆山が家庭の事情で東北へ引っ越したのを機に、ふたりは文明の利器「スカイペ」をフル活用。毎日毎日、夜更かしおしゃべり。気付けば朝刊配達の時間なんてこともしばしばだ。

そんなふたりのネット通話模様を、この漫画はひたすらつらつらまったり綴っていく。通販で買った癒しグッズをただ自慢したいだけのマヤさんとか課金ガチャに大金を注ぎ込み自暴自棄になるマヤさんとか豆山に部屋を見せるべく見栄を張りまくった写真を仕込むマヤさんとか豆山が返事してくれなくなって泣くほど反省するマヤさんとか寝てる豆山に感謝を伝えてひとりで照れまくるマヤさんとか何なのマヤさん可愛すぎない?天使なの??

ところでこのマヤさん、天使ではなく魔女だったりする。公式あらすじに「自称・魔女」と表記されてはいるが、9ページ目で速攻判明する通り、正真正銘の魔女なのだ。それはもうブキミな教団の魔の手から地球滅亡の危機を救っちゃうくらいの、偉大で強大な魔女。しかも魔法を使いすぎると容赦なくお腹を下すというギャップ付き。だからそんなホイホイ魔法は使わない。でも時々はホウキに乗るし、東京と東北の距離をものともせずに力を発動させてしまう。

しかしながらマヤさん、豆山にとっては「自称・魔女設定の痛い人」。毎日長々おしゃべりしようが、スカイペ越しでは豆山の目に魔法は映らない。読者としてはそれがもどかしくもあるのだけれど、ふたりにとっては、本当に魔女であるかどうかなんて大した問題ではなかったりする。遠く離れた場所でも繋がっていて、どうでもいい話を延々交わして、馬鹿馬鹿しくて鬱陶しくて、なのに心底楽しくて。真夜中に、話し相手のいる幸せ。何て素敵な不毛地帯。

日常系漫画と呼ばれるカテゴリがいつの間にやら生まれて久しいが、日常の中でもありそうでなかった切り口のこの作品。大きな山場も谷間もないけど、ずっと眺めていたくなるふたりがここにいる。その上、日常系に魔女というスパイスを絡めると、こんな摩訶不思議な面白さを引き起こすとは!

作者の保谷伸先生の前作を知ってる方からすると随分ベクトルの違った作品に見えるかもしれないが、その実、どちらも友情に重きを置いた傑作なのである。嬉しいことに物語はしばらく続くようなので、皆々様、今のうちにロックオン推奨ですぞ

あとやはり、紙の本ならではの特徴に触れておかねばならない。カバーを外すと何とそこには、漫画家志望・豆山の渾身のネーム(担当編集へFAX済)が隠されているのだ。どうやら魔女が出てくるこのネーム、果たして編集オッケーは出るのか豆山。陽の目を見る日は来るのか豆山。どうなる豆山がんばれ豆山。

自称・魔女(でも本物!)と漫画家志望なふたりが繰り広げる、深夜の無駄使いコメディ。午前3時の不毛地帯は、まったりしつつも波瀾万丈。この先の展開に乞うご期待!

わたし、裏図書委員、始めます。

活字中毒者の魔本探索、あるいは裏図書館のこと ―マホタン―

伊咲ウタ (著)
価格:540円

魂を持つ魔本が封じられた学園の裏図書館。花圃(かほ)は、偶然見つけた裏図書館の扉を開けて多くの魔本を逃がしてしまう。責任を取って、本嫌いの葉山先輩と逃げ出したキャラクターたちを捕まえることに。捕えるにはキャラの名前を当てなくてはならない。でも、一癖も二癖もあるキャラたちは簡単には捕まえられなくて…!? 誰もが知っている童話のキャラたちの「隠された意外な秘密」。本が愛おしくなる図書館ファンタジー。

全5巻で完結したのが記憶に新しい『 現代魔女図鑑』、キュートな魔女たちと繊細で濃厚なストーリーに魅了された人も多くいたかと存じます。その作者・伊咲ウタ先生が次に放つのは、魔女ではなく魔本のお話。そして発売レーベルはなんと『なかよし』

そう、女子小学生の三種の神器『ちゃお・りぼん・なかよし』のなかよしでございます。勿論ふんだんに『なかよし』風味の味付けが施されているわけですが、いやはや、大人のあなたも臆するなかれ。この『マホタン』、大切なのは本が好きであること、ただそれだけ。その条件さえ満たせば、小学生から大人まで男女問わずグイグイ引きずり込まれてしまう絶品ファンタジー!なのです。

自他共に認める本オタクな主人公・一ノ瀬花圃は、本オタクが高じてうっかり裏図書館の扉を開けてしまう。その拍子に逃げ出してしまった魔本と登場人物たち。再度封印する為には物語とキャラの名前を言い当てる必要があるが、これがまた一筋縄では行かない。果たして彼らは、何というお話のどの人物なのか。散りばめられた僅かなヒントを頼りに、花圃は果敢に立ち向かう。本を愛する心と、本を愛するが故の知識を武器に――。

花圃とコンビを組むのは本が嫌いな葉山先輩。ヒロインを助けるヒーローという少女漫画の王道を押さえつつも、ミステリ要素を含んだストーリー展開には新鮮な驚きと興奮を隠せません。立ちはだかる不思議な世界、そこに仲間と挑んでいく姿は、年齢問わず幼心をときめかせ冒険心を奮い立たせる。この『マホタン』、大袈裟じゃなく、例えば『カードキャプターさくら』、それにミヒャエル・エンデの『モモ』や『はてしない物語』に通じるものがあるぞと思うのです。

とにかく花圃の、本を愛する気持ちがたまらない。世界がつまらないと嘆く魔本の登場人物に、花圃は満面の笑顔で告げるのだ。先が読めない超面白い本を沢山知ってるから、つまんないなんて言わせない。だから「わたしの図書室に来ない!? わたしね あなたを百年退屈させない自信あるよ」――と。このセリフ、ほんと言われたいし、言ってみたくてたまらない。

巻数表記のない単巻完結作品として発売されていますが、正直、この作品に続刊が出ないなんて信じられません。いやあ信じたくない。どうかこの物語よ続け、ていうか絶対続いてるだろ?。 花圃と先輩は毎日やんややんや言い合いしてるし、今日もかぐや姫とかピーターパンあたりと魔法バトルしちゃってんだろそうだろ?我々にもそれを見せてくれ!見せてくれよおお!!って叫びたくなること請け合いです

本好きのあなた、是非ご賞味を。そして続編希望の意を、是非なかよし編集部に。

大丈夫、あなたは宝石――。田舎者がトップモデルへと駆け上がる!

まめコーデ(1)【電子限定特典ペーパー付き】

宮部サチ (著)
価格:620円 17%ポイント還元
★★★★★ 2件のレビュー

【電子限定特典ペーパー付き】お肉と揚げ物が大好きで【鶏から弁当】ばかり食べている。ファッションセンス皆無で【変なキャラがプリントされた服】ばかり着ている。ルックス自信なし。人見知りで上がり症。田舎者で訛ってて、ついでに名前も変…。そんな【まめちゃん】(鳥取県出身)がメガネの怖い新人女子マネージャーに見出されて、レッスンにオーディションに大奮闘!  【トップモデル】へと坂を駈け上がっていく、いっぱい笑えて、いっぱい泣けちゃう物語!!!

「その微妙に貧層な胸 子供みたいに小ぶりでストンとした尻 そこそこ長い脚 かわいくて自分もがんばれば 勝てるんじゃないかと思えるくらいの顔」

この、褒めてるんだか貶してるんだか判断つかない絶妙な言い回し。実はこれ全力で褒めてます。心の底から出た褒め言葉なのです。これこそ、新人女子マネージャー・如月の審美眼。クールで眼鏡のオトナ女子に見えて乙女心を隠し持つ如月は、性格にやや難が見られるものの、マネージャーとしての根気と情熱は見事なもの。

そんな如月に「完璧なモデルになれる!」と太鼓判を押されたのが、主人公・姫川まめ。肉と揚げ物を愛する鳥取県出身。スカウトされ上京し、ファッションセンス皆無なのにファッションモデルの卵となる。自信も無ければ人見知り、田舎者で訛ってて、オーディションは落選続き。普段着はクマだかネコだかタコだが何だかよくわからないキャラクターが胸のど真ん中にプリントされたトレーナーに短めプリーツスカート。如月に「小5ですか!」と言わしめる、それが、ザ・まめコーディネート。

まめと如月、ぽんこつモデルと新人マネージャーの女子ふたりが出会って、モデル街道を突き進むサクセスストーリー!…かと思いきや、この街道、想像以上に前途多難なのです。まめは服を買いに行くための服を買わなきゃなどとのたまうし、カメラを向けられると途端にうまく笑えなくなるし。ひきこもりのオタクかよ!と突っ込みたくなるハイパーまめクオリティ。それでもまめを原石だと信じている如月は、諦めずにモデルの極意を叩き込んでいく。

如月の厳しい言葉の中にあるのは、まめが逸材であるという揺るがない確信。まめに自信という鎧を着てもらうべく奔走する如月の姿に、こちらまで胸が熱くなってしまうのです。『大丈夫あなたは宝石 私が一番輝かすことができます』――、このセリフ!カーッ!このセリフですよ!!いやもうここでわたしが何かを言うより頼むから読んでくれと言いたい。サラッとググってどうか試し読みを、第1話をその目で眺めてほしい。うっかり熱いものが込み上げて気付けば購入ボタン押してますから。カーーーッ!

如月マネージャーに対する熱い気持ちもさながら、まめに対しても昂ぶります。応援したくなる主人公というのはいい。実にいい。公園でウォーキング練習中のまめが、幼い女の子から憧れの眼差しと言葉を向けられ、モデルとしての自分に喜びを見出すシーンは絶品です。そのままでも十二分に可愛らしいまめが、モデルとしてキラキラ輝くところを見たくなってしまう。

そしてまだあるのです、言及すべき大事なポイント。作者の宮部サチ先生は前作『満腹百合』にて、百合漫画としてもグルメ漫画としても「ご馳走様でした…!」と手を合わすしかない物語を描いて下さったのですが、そのふたつの要素は薄まりつつも今作にも健在。

真摯なモデル成長譚として物語は進みながらも、まめと如月の間には百合の香りが、香水みたくほのかに匂って、かと思えば時々ダイレクトに鼻孔を刺激したりする。それと並行して、ごはんの描写が出てくる出てくる腹が減る

からあげ弁当、天麩羅、角煮に海老フライ。何よりまめが、めっっっちゃ旨そうに食べるのです。目を輝かせ、至福の表情でごはんを頬張るまめの姿は超絶可愛い。その可愛さ、天然記念物級。そりゃ如月もからあげ弁当を差し出してしまうわけです。抗えない可愛さ。

『まめコーデ』、ファッションモデルの物語として業界を満喫するも良し。宮部先生のほんわかキラキラ絵柄にうっとりするも良し。ひたすらまめの可愛さに悶絶するのも良し。如月の鬼マネージャーっぷりに心打たれるも良し。はたまた百合を堪能するも良し。でもきっと読み進めるうちに、自然とふたりを応援したくなる。そしてからあげが食べたくなること請け合いです。ラスボス級のライバルモデルと直接対決を控えたところで幕を引く1巻。さてふたりの努力は実るのか、その目でしかと見届けるべし。

こびとは逃げる。世界を逃げる。友情と不穏をその身に抱えて――

ヨルとネル

施川ユウキ (著)
価格:540円 22%ポイント還元
★★★★* 5件のレビュー

研究所から逃げ出したこびとの少年ヨルとネル。夜の街を、留守中の家を、草むらの中を、ふたり一緒に駆け抜ける。楽しくも不安な逃亡の日々は…。

これはすごい。すごい漫画だ。

これはただいま絶賛放映中のアニメ『バーナード嬢曰く。』の作者、施川ユウキ氏が描く、逃亡劇四コマ漫画である。四コマ漫画、そうギャグ漫画として軽い気持ちで手に取ってほしい。シニカルなギャグに笑ってほしい。こびと可愛いなあ、って眺めてほしい。そして世界をひっくり返されてほしい。茫然として、途方に暮れて、やがて来る絶望の淵で、絶望ではない何かを感じてページを閉じてほしい。

ストーリーを説明するのは簡単だ。ヨルとネル、こびとのふたりは旅をしている。身長11センチのふたりは親友で、普通の人間だった過去があって、生体科学研究所から逃げ出した研究対象で、政府から追われている。旅とはつまり逃亡の旅だ。追っ手から逃げ隠れしながら、ふたりはただただ南へと向かう。

土台は逃亡劇でありながら、そこで生まれるギャグは非常にコミカルでシニカル。クールなヨルとほのぼの系ネル、対照的なふたりの性格も相まって、織り成す日常会話はテンポのよい漫才みたく多くの笑いを誘う。うっかり吹き出してしまうこともしばしばだ。そうして軽妙な笑いの渦に呑まれ、呑気に陽気に物語を楽しんでいると突然、それはもう唐突に、絶望を突きつけられる。

自分はいま何を読んでるんだ、何を勘違いしてたんだと心底驚く。そして怖くなる。ページを捲るのが。結末まで読み進めたくない、怖い、でも見届けなきゃ、と思う。そうやって躊躇したところで手は止まらなくて、次々ページを捲る。怒涛のクライマックス。波の音を聞いて、ふたりの旅を見届けて、さて、その先にあなたは何を見るのか――。

四コマ漫画とは言え、これは正真正銘の逃亡劇。作者自身が「逃避行ほどロマンチックなものはない」と語るように、この本には想像だにしない浪漫と、そして波乱が待ち受けている。

上述の『マホタン』は続刊を強く望むと書いたが、『ヨルとネル』には不思議と望まない。続く必要なんてないと、物語が思わせてくれるのだ。1冊ですべてが完結している。それ以上でも以下でも無い。でも余韻はとんでもなく、傑作だと平伏すしかない。すごい漫画だから読んでくれと、誰かに伝えることしかできない。施川ユウキ氏の才能に完敗。ああ乾杯。

この作品が口に合ったなら、作者自身が「『ヨルとネル』と対になっている」と語る『オンノジ』も是非ご賞味を。ああ、乾杯!

美しく、たおやかに、凜として――和楽器バンド、いざ出陣!

なでしこドレミソラ 1巻

みやびあきの (著)
価格:590円 13%ポイント還元
★★★★★ 4件のレビュー

卒業文集で不名誉な三冠を獲得する地味な中学時代を送ってきた音古間美弥。高校でイメチェンを図り“変わりたい”と願う美弥は、竹海陽夜との出会いをきっかけに和楽器という未知の世界へと踏み出す――!! 注目の和楽器ガールズバンドストーリー第1巻!!

音楽を題材に扱う漫画は、なかなかたくさん存在します。はたまた部活を題材にした漫画も、数えきれないほど存在します。更には、特別じゃない主人公が何か特別なものを見つけて進んでいく――、青春を描く上で王道とも言えるこのストーリー展開の漫画も、そこかしこに溢れています。

『なでしこドレミソラ』は、そのすべてに当てはまる漫画です。バンドで、部活で、青春で。ありふれた要素が詰まっている。なのに、全くありふれていない。こんなにも読み手の胸をときめかせ、ワクワクさせてくれる。それは、和楽器という珍しい題材を取り扱っているから、なのだけれど、それだけじゃない。それだけじゃないのです。

主人公は高校1年生の美弥。表紙からイマドキ金髪ギャル系かしらと思えばそれは大きなフェイントで、中学時代の地味イメージを払拭すべく、一念発起でイメチェンを遂行した超真面目系JKなのです。「地味」で「普通」の自分から脱却したい美弥は、軽音楽部を見学してみるもしっくりこない。熱意を注ぐ対象が見つからない空虚さの中、聞こえてきたのは尺八の音。同級生の陽夜が奏でるその音に自然と心が動きはしたけれど、和楽器なんて地味だダメだ、と美弥の意識は拒絶へ傾いたまま。そんな美弥の手を、行動力の塊である陽夜が引っ張ります。半ば強引に連れだした先は、プロ和楽器バンドのライブ。そこで出会ってしまった音に、演奏に、美弥の心は一瞬で奪われます。

音が舞う。花のごとく、鳥のごとく。繊細で、力強く。美しく、たおやかに、凜として。高鳴る胸。無意識に送る拍手。好き。楽しい。聴きたい!弾きたい!奏でたい…!!

自分を突き動かす衝動を自覚した美弥は、陽夜と共に和楽器を奏で始める。美弥は三味線、陽夜は尺八。和楽器ガールズバンド、いざ出陣。とは言えバンドメンバー集めは始まったばかり。新たなキャラクターと和楽器の存在を明らかにして、物語は2巻へと続きます。

物語の根底を流れるのは、美弥の想い。初めて「好き」「楽しい」を見つけて、夢中になっていく。何もなかった自分が、自ら手を伸ばして触れていく。何もなかったからこそ、すべてのものが鮮やかにキラキラ輝いて見える。「好き」「楽しい」を原動力に世界が広がっていく様の、なんと美しいことでしょう!

美弥の中で生まれた熱量はとても丁寧に、且つ如実に描かれていて、読み手の心まで跳ねさせます。何かを好きで楽しいと思うことの素晴らしさ。言葉にすると陳腐だけれど、『なでソラ』は感情まるごと真空パックでこちら側へと伝えてくれる。

そしてその真空パックを確かなものにしているのが、音。和楽器の音の描写です。『なでソラ』の感想をちょちょいとググって頂ければ分かる通り、語るに外せないのがこのポイント。漫画という媒体で、音を説明し表現するということは相当に困難な芸当です。けれども『なでソラ』は、音が聴こえてきます。音が、確かな和楽器の音色が、平面から視覚を通して溢れ出てくるのです。

画面を流れる和の旋律。時折ガタガタと曲がりくねる、美弥の拙い演奏。経験者の陽夜が奏でると、なめらかに弧を描く。プロが激しく掻き鳴らせば豪華絢爛、花が咲き誇る。何より、拙くとも技巧に満ちていても、奏者が心から楽しんで奏でていれば、その感情は旋律に乗り具現化する。揺れて舞って、誰かをそっと包んで。時には圧倒的なうねりと化し襲い掛かって。モノクロの世界は色づいて、優雅な和楽器の世界に引き込まれる。この表現方法を編み出した作者のみやび先生には、もう全力でスタンディングオベーションせざるを得ません。満場一致ブラボー!拍手喝采ワンダホー!

あと触れておかねばならないのが、リアル書店での購入特典です。気合いの入り方が実に熱い。カドカワや芳文社から発売されるコミックは、他の出版社に比べズバ抜けてお金の掛かった特典が付くのが常ですが、『なでソラ』はその中でも熱い。まじで熱いです。某チェーン限定の和紙ブックカバーなんて垂涎モノ。世界観を頂点まで極めた特典に惚れ惚れすること間違いなし!です。

ありふれてるようで全くありふれてない、ガール・ミーツ・ガール。そしてガール・ミーツ・和楽器。「好き」が琴線に触れた時、物語は動き出す。まだこれはほんの序章で、美弥が、陽夜が、これからどんな音色を奏でてゆくのか。アニメ化する日を心待ちにしながら、しっかりじっくり耳を傾けていたい。

おわりに

10月発売の注目新刊コミック5選、いかがでしたでしょうか。どの作品も、面白さはお墨付き。前回の記事も含め、ご紹介したタイトルに少しでもあなたの食指が動いたならばこれ幸いです。

とはいえ、所詮はイチ書店員の個人的お勧め書評、されどこのご時勢、ネット上のつぶやきひとつ、記事ひとつがどう転んでどこまで届くか予想つきません。もしかすると本屋の現場で全力アピールする以上の浸透力があるかもしれない。勿論、本屋でも全力で売るしこの記事も全力で書いておりますけれども、どちらも「面白い本がひとりでも多くの人に届きますように」という心意気が原動力です。

ここ最近ネット上では「続刊が出る為に新刊の初動が如何に大事であるか」という議論が注目を浴びてます。作家さんが声を上げ、その声に読者が即時反応してくれる。この構図を可能にしたネットの進化は、とてもいいものだと思うのです。ネットの進化により電子書籍市場が拡大し、その結果本屋の経営が危うくなっている側面はありますが、これはまた別次元の問題で。商品として本が生まれること、物語が続いていくこと。インターネット成熟期を経た日本は今、その価値に直面し考える時代に突入しているのだなあ。などと、本屋の片隅で今日も思考を巡らせるのでありました。

そしてそんな思考を一瞬で吹き飛ばす面白い本たち!今日も愛してるー!

この記事を書いた人:Juuun

本屋で働く人。かれこれ十数年、書店チェーンを渡り歩いたり、出版社で営業してみたり。かつては某雑誌でデビューし漫画を描いていた頃もあった模様。何にせよ、本から離れられない人生。とか言いつつ、本以外にも好きなものは盛り沢山。エンタメを貪欲に摂取して生きていきたい関西人。

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この企画について:匿名書店員さんによるキュレーションをやろう

キッカケはこちらの記事『電子書籍をリアル書店への拡販と書店員の副業に活用する新メディアプロジェクトの協力者を募集します』で、電子書籍からリアル書店への誘導。もしくは書店員さんの副業として活用できないかなと。
現在、4名の書店員さんからお申し出をいただき、しばらくきんどうで記事掲載後新たなメディアを立ち上げる予定です。
思うにね、本のプロである書店員さんの専門知識はネットでもっと読みたいし、それはお金になる分野なんですよ。むしろ、わたしは参考にしたいからもっと出てきてほしい。
まだ、書店員さん(匿名)だけですがイベント案内やうちの気合のはいった本棚を見てくれ!なんて形でリアル書店さんとも組んで一緒にやっていきたいと考えてます。電子書籍に読者が流れるだけでなく、リアル書店・書店員も盛り上がるようなメディアを作っていきたいので興味のある方はぜひ、お問合わせからご連絡ください。ちゃんと売上に応じてお金もお支払します。

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