コミック担当書店員が『2016年のああ最高だ。最高だ!』な8作品を選んでみた

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2016年11月に発売される新刊コミックは、約930タイトル。では年間だと?正式なデータはまだ確定していないので多少の誤差はあるが、単純計算でも1万タイトルを優に超える。さてその中で、面白かった!買ってよかった!と満足する漫画に、あなたは何冊出会えるのか?

何やら気取った書き出しでスタートしてみましたが、きんどうをご覧の皆様初めまして。わたくし、大阪にあります比較的広々とした本屋で本を売っております、Juuunと申します。この度、リアル書店と電子書籍を繋げる一大プロジェクトに大変心惹かれ、いそいそと参加させて頂く運びとなりました。やったぜ!

冒頭にて気取って述べた通り、昨今のコミック業界、年間発行タイトル数は1万を超えています。その1万強の中で、世間に「売れている」と認識されているコミックはごく僅か。売れているものには必ず何かしらの魅力があり、即ち一定の面白さが保証されています。

しかし「面白さ」はピンキリ。宝探しのようなもの。本好きのあなたなら、漫画好きのあなたなら、分かっていることでしょう。「売れている」と言われなくとも1万冊の中には無数のお宝が潜み、埋もれていることを…!

分母が大きければ大きいほど、埋もれたお宝を見出すには時間やコツを要します。ならば、餅は餅屋。本は本屋。寄ってらっしゃい見てらっしゃい。長年担いできたコミック担当の肩書きに懸けて、数多の本から特別な発見と興奮を。そんな矜持の元、記事をお届けしていけたらと意気込んでおります。まだ見ぬ珠玉の宝石を見つける手掛かりになれば幸いです

今回は初回ですのでとりあえず、ややざっくりとしたテーマで選書をば。2016年に発売された新刊から『これから跳ねる、いやもう跳ねてる?でも更に跳ねるよ!!』コミック8選をご提示させて頂きます。

『これから跳ねる、いやもう跳ねてる?でも更に跳ねるよ!!』コミック8選

シュールとクレイジーの詰め合わせ!『あそびあそばせ』

あそびあそばせ 1・2巻

涼川りん (著)
価格:648円 20%ポイント還元
★★★★★ 36件のレビュー

圧倒的画力で描かれる美少女とシュールギャグに、笑わずにはいられない!!ギャグ漫画の最先端を行く「美少女×お遊戯」コメディ!

今年の春、Twitterにてバズったことで知名度がググンと跳ねたこの作品。あらすじを簡潔に説明すると、金髪美少女転校生・オリヴィア、クール眼鏡っ娘・香純、黒髪ツインテール・華子の中学生三人娘が、あっちむいてホイやら指相撲やらズック飛ばしやら、いわゆる日本の「あそび」に興じるだけのお遊戯コメディです。

そう、興じるだけ。興じているだけ、のはず、が。繊細な絵柄に騙されページを捲っていくと、そこに現るのは強烈に、強烈に「崩れた」美少女たち。いったい何がどう崩れているのかは、今あなたが手にしているマウスかスマホをちょちょいと操って試し読みページで拝見して頂きたい。どうです崩れているでしょう。強烈に!

出てくるキャラクター全員から滲み出る狂気。キレッキレのギャグ。可愛さとえげつなさの落差は、まるでジェットコースター。この落差は人を選ぶかもしれない、だがその先の中毒性はたまらない。『ポプテピピック』に落ちたあなたはまんまとヤられるはず。

シュールとクレイジーを詰め込んでたっぷりシュガーコーティングしたこの作品。未体験の方は是非ご賞味を。

人間の本質を突く、至高の百合物語――『やがて君になる』

やがて君になる 1・2巻

仲谷 鳰 (著)
価格:570円 14%ポイント還元
★★★★* 47件のレビュー

人に恋する気持ちがわからず悩みを抱える新入生・小糸侑は、生徒会の先輩・七海燈子が告白を受ける場面に遭遇する。誰からの告白にも心を動かされたことがないという燈子に共感を覚える侑だったが、やがて燈子から思わぬ言葉を告げられる。「私、君のこと好きになりそう」

これは既に跳ねてます。バリバリ売れてます。でもこれからも鰻登りに跳ね続けます。だってこんな、こんなとっておきの物語、放っておけるわけがない!!

わたしに好きは、訪れない――。主人公の侑は、同級生男子から告白されたものの返事を保留している。何故なら「特別」が、恋をするということが、どういうものか分からない。完全無欠の先輩・燈子が同じ感覚を持つと知り共感を覚えるが、接するうちに先輩は侑を好きになったと言う――。

普通の恋愛モノであれば、ここから多少の障害を乗り越え、相思相愛へと向かうのでしょう。しかしこの漫画はそんなセオリー通りには進まない。むしろ人間の本質を抉ってくる。自分が持ち得ない「好き」という感覚を、先輩は知ってしまった。ずるい。どうして。わたしは未だ分からないままなのに…!侑が先輩に対して抱くのは、恋愛感情とは別物の嫉妬。先輩から自分に対して放たれる「好き」を、冷めた目で眺めながらも心は揺れ動く。わたしを見て嬉しそうにするこのひとを、可愛いと思えるようになりたい――。

この作品は本格的な百合漫画でありながら、その範疇に収まりきらない魅力で溢れ返っている。女の子同士の恋愛だとか、付き合うとか付き合わないとか、趣向や定義はどうでもよくなるくらい、真正面から「好き」を捉えて描ききる。そもそも絵が、絵が素晴らしい。綺麗で可愛いというクオリティは勿論、類稀なるその表現力。些細な空気や感情の機微が、確かな臨場感で以てこちらに訴えかけてくる。更にセリフやモノローグも素晴らしい。決して説明しすぎず、けれど鮮やかに心を切り取る言葉のチョイス。そして愛すべきキャラクター達。二人を取り巻く全ての人物が、リアリティのあるしがらみを抱えてそこに存在している。ああもう最高だ。最高だ!

「誰かを好きになるということ」――。人間の本質をひとつの側面から正面切って突き詰める、至高の物語。未体験の方は是非ご賞味を。

追記:本作品の紹介にあたり特定ジャンルを下げるような記事だとご指摘頂いた件につきまして

いわゆる一般層を意識して文章を書いた結果、今回の事態を引き起こしてしまいました。私の意識の根底に決して偏見が存在するのではありませんが、言葉の選択の過程で、私に足りないものが多くあったと反省しています。公に文章を発信する以上、無頓着では済まされない点が多々あることを痛感しました。私の表現によって不快な感情を抱かせてしまった皆さん、本当に申し訳ありません。また、記事最後に改めてお詫びを掲載しております。

最高にトチ狂ったギリギリ(BLじゃない)青春コメディ『パンティトラップ』

パンティトラップ

吹屋フロ (著)
価格:500円

女の子のパンティが好きすぎて、自らパンティをはくようになったヤンキー・高山。ある日、その秘密を同じ高校の生徒会長・飯島に握られてしまったから、さあ大変! 飯島に呼び出され、無理やり下着姿を撮影されたり、女装させられたり…。高山の苦難の日々が始まる…! となりのヤングジャンプで話題を呼んだギリギリ青春コメディ、コミックス化!

きんどうの読者さんは男性が多いとお伺いしております。故にこのタイトルをお勧めするかどうか、少々躊躇しました。が、惜しみなく推します。全力で推します。何故なら天元突破に面白いから!!

主人公のヤンキー・高山はどこからどう見ても生粋のヤンキー。茶髪に三白眼、背中に龍が躍るスカジャンを羽織り、ジーンズは腰パンでお得意のヤンキー座り。ところがそのヤンキー座りの腰パンから、垣間見えたのは女物の見目麗しいパンティ。高山の秘密を見てしまった生徒会帳の飯島は、そのネタを強請りに高山をこき使うようになる――のだが、ここからはとてもじゃないが説明できません。

公式あらすじにもある通り、この作品は「ギリギリ青春コメディ」。ええ、あらゆるものがギリギリなのです。断言できるのは、ギリギリBLではないということ。そして感動すら覚えるほどに、青春MAXな結末に着地するということ。とは言え書店によってはBLコーナーで展開されているケースも見受けられるこのタイトル。それもそのはず、作者はそもそもBL畑。しかし出版レーベルはあのヤングジャンプ。そう、キングダムや東京喰種と同じヤングジャンプ(正確に言うと「となりのヤングジャンプ」)。ほらもうギリギリ!

ひらひらリボンにフリルにレース、エロ漫画家も真っ青なリアリティ満載の美麗パンティが惜しみなく高画質で画面に広がります。そして同時に、そのパンティからは筋肉質なヤンキー男の足が生えてます。ついでに言えばパンティの膨らみだって超絶クオリティ。はみパンだってヒモパンだってどんと来い。パンティパンティ言ってますが、ストーリーのクオリティもばっちりです。無意識に育まれる友情は必見だし、二人を繋ぐ妹がこれまたミラクルキュート。最高にトチ狂った青春コメディに溺れてほしい。麻薬です。快楽です。その手でページを捲って、作者渾身の絵を、パンティを、衝撃と笑撃を、体感して頂きたい。筆舌に尽くしがたい新世界が待っています

BLというジャンルにやや抵抗のあるそこのあなた、あなたにこそ手に取って頂きたいパンティトラップ。読み進めるうちにパンティの尊さと主人公のアホさに脳が麻痺して抵抗感なんざ宇宙の彼方、残るのは萌えと満足感と続編への切望のみ。全力で保障します。勿論BL大歓迎の皆様にも満面の笑みでオススメしますよパンティトラップ!さあみんなでパンティトラップ!!

いま最も掘り出し物のお宝、それが『グレンデル』

グレンデル 1・2巻

オイカワマコ (著)
価格:540円 20%ポイント還元
★★★*☆ 5件のレビュー

「わたしは、生きるんだ…!」死罪が告げられた大罪人カメリアに国王からある取り引きが持ちかけられる。それは、絶滅したと言われる竜の仔の護衛だった。できれば放免、できなければ死罪。だが、カメリアの身体にはある秘密が……。泣き虫の大罪人と竜の仔の壮大な旅が始まる。

女剣士。竜の末裔。護衛の旅。魔法使い。覚醒と破壊。世界の王――。

単語だけ見れば厨二病と大差ない。けれどそこに圧倒的筆致と緻密な構想力が伴えば、想像を絶するダークファンタジーが完成する。そしてそんな漫画は、実在する。

王女を見殺しにした罰として、死を言い渡された女剣士・カメリア。死罪を逃れるべく引き受けたのは、絶滅したはずの竜の末裔を護衛し、遠い国まで送り届けるという密命。「生きること」にしがみついた女剣士が、竜の仔を引き連れて戦いの旅に出る――。

ファンタジーと定義される作品は多々あるが、本気度において、この作品はずば抜けてると言っていい。例えば画面から血の臭いがする。獣の臭いもする。土の匂い、森の匂い、食べ物の匂いも。剣を振る音も聞こえる。魔法が発動する気配だって感じられる。この作品では人間も魔法使いも竜も自然も無機物ひとつでさえ、誰もが何もかもが、確かな存在感を携えてそこに生きている。その真摯さは、どのページのどのコマひとつ取っても揺らがない。

例えば食糧としてウサギを喰うシーンがある。ふわふわの毛並みに包まれたウサギは捕まり、皮を剥がれ、臓物は引きずり出され、ただの肉塊となり、やがて美味しそうなグリルと化す。作者はこの流れに数ページを割き、大ゴマをふんだんに使って描くのだ。命の重さを、生きるということを、死ぬということを、微塵も誤魔化さず、画面に落とし込む。

『乙嫁語り』の森薫さんにも引けを取らない圧倒的筆致、また世界観としては『魔法使いの嫁』と深く通じるところがある。勿論、魅力はそこだけじゃない。二巻目に突入し、新キャラ登場と共に更に深まる謎と謎。重厚で濃厚な本格ファンタジー世界をゼロから構築することができる、相当稀有な作家さんだ。どうかこの才能を目に灼きつけてほしい。そしてグレンデルが行く道の先を、この物語を見届けてほしい。

年間1万冊強の新刊に埋もれて輝く、いま最も掘り出し物のお宝、それが『グレンデル』。コメディに飽きたあなたも、チートでニートなファンタジーに飽きたあなたも、特に何かに飽きてはないけど何だかすごい漫画を求めているそこのあなたも、うっかり掘り出して頂きたい。否応なく絶望的で血生臭い、けれど力強いこの世界に引きずり込まれるはず。唯一無二のダークファンタジー、是非ご賞味を。

心が洗われるとは、このことだ――『私の少年』

私の少年 : 1

高野ひと深 (著)
価格:540円
★★★★* 42件のレビュー

スポーツメーカーに勤める30歳、多和田聡子は夜の公園で12歳の美しい少年、早見真修と出会う。元恋人からの残酷な仕打ち、家族の高圧と無関心。それぞれが抱える孤独に触れた二人は互いを必要なものと感じていく。この感情は母性? それとも――。

こちらも既に跳ねてます。ドッカンドッカン売れてます。映像化の話も動き始めてることでしょう。それでも知らない人はまだまだ知らない、ならば推しておきましょう!

「30歳OLと、12歳小学生。この感情は…母性?それとも――」

書店の現場にて、このキャッチコピーが舞う販促ポスターに足を止めるお客さんをそれはそれは多数、お見受けしました。衝撃的な年齢差。手を出せば即ち犯罪者。けれどその文言の過激さとは裏腹に、この作品の中身は終始、ただひたすらに美しく繊細な空気を纏っているのです。

30歳の聡子と12歳の真修。「普通」ならば重なり合うことのない二人が出会い、お互いの空虚が重なりあったとき、そこに生まれる感情。他人であることも年齢差も飛び越えて信頼や愛情を重ねていく様は、まっすぐで、どこにも嘘はなくて、眺めているこちらまで心が洗われるよう。マイナスとマイナスを掛け合わすとプラスになる、その理論が具現化したら、きっとこういう景色になるのだろう。

透き通るような絵柄が醸し出す、脆さや儚さ。静謐で心洗われるような光景。でも、魅力はそれだけじゃない。「普通」の日常も、ちゃんとシビアに描かれている。聡子と真修の周りには、それぞれを取り巻く年齢特有の残酷さが存在していて、これから降りかかってくるであろう鬱屈とした波乱を予感させる。だからこそ読み手は、無垢で清純な時間がいつまでも二人に続きますよう、そう願わずにいられない。

「膝の上には美しい少年がいる」――、聡子がそう語る衝撃的な1ページ目から、二人の関係性はどこへ進んでいくのか。丁寧に作り込まれたストーリーには期待しかない。おねショタという言葉が浸透しつつあるけれど、これまたそんな言葉でカテゴライズするのは勿体ない作品。物語の特性上、女性の読者が多く見受けられるが、男性の皆様も是非ご賞味を。

世界が崩壊しても、片思いは終わらない――『あげくの果てのカノン』

あげくの果てのカノン 1・2巻

米代恭 (著)
価格:540円 20%ポイント還元
★★★★* 9件のレビュー

押見修造(漫画家)、驚嘆。村田沙耶香(小説家)、絶賛。高月(こうづき)カノン、23歳。高校時代からストーカー的に想いを寄せる境(さかい)先輩と、アルバイト先の喫茶店で再会を果たす。でも、いけない。先輩は世界の英雄で、そして奥さんのものだから。SF×不倫の異色の恋愛を描くのは、弱冠24歳の俊英。ストーカー気質メンヘラ女子の痛すぎる恋に、共感の嵐です!

どうしようもない。ほんとうにどうしようもない。

主人公・かのんはどうしようもない。エイリアン襲来により荒廃した東京で、かのんは片思いを拗らせている。相手は日夜エイリアンと闘う境先輩。かれこれ8年間、ずっとずっと先輩が好きだ。度を越えて好きだ。ストーカー的に好きだ。奥さんがいたって好きだ。たとえ世界が滅んだって、先輩が先輩じゃなくなったって、先輩が好き。だって先輩は生き甲斐、生きる意味、生きる希望なのだから――。

「このマンガがすごい!2017」、上位ランクイン最有力候補との呼び声も高いこの作品。今年の6月に1巻が発売されてから勢いは衰えることなく、品切れ中のリアル書店を多数生み出しながら、現在進行形で怒涛の人気爆発っぷりを更新している。いったい何がそこまで読者を惹きつけるのか。それは不倫×SFという異色の組み合わせもさることながら、他でもない主人公・かのんのパワー、恋心に因るところが大きい。

別に世界がどうなろうと知ったこっちゃなくて、あなたが、ただあなたが好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きでそれだけなの、という天晴れなまでの愚かさ。幼さ。それがかのんを突き動かす。物語を思いもよらぬ方向へと進ませる。それほどまでの熱量で恋をしてるかのんは否応なく魅力的で、目が離せなくなってしまうのだ。

かのんの恋は最早、信仰で崇拝。恋が生きる理由になってしまったら、女の子を止めることはできない。絶望的な世界を舞台に恋を貫くこのスタンスは、かの名作『最終兵器彼女』を彷彿とさせる。エイリアンに襲撃される異常な世界で異常な恋へと突っ走り続けるかのんは、挙句の果てに、一体どこへ辿り着くのか。

これを見届けるまでは死ねないな、と思わせてくれる漫画がまたひとつ現れたことに感謝しながら、かのんの一挙一動に今日も胸を震わせる。新感覚で大傑作。未読の方は是非ご賞味あれ。

ページを捲ればほら、文明開化の音がする――『ニュクスの角灯』

ニュクスの角灯 1・2巻

高浜寛 (著)
価格:997円 14%ポイント還元
★★★★* 7件のレビュー

1878年(明治11年)、動乱の幕末は遠ざかり、長崎では海外貿易で莫大な利益を得る商人が多く現れはじめていた。西南戦争で親を亡くした少女・美世(みよ)は奉公先を求めて鍛冶屋町の道具屋「蛮」(ばん)の扉を叩くが、そこで彼女を待っていたのは、店主・小浦百年(こうら・ももとし)がパリ万博で仕入れてきた最先端の品々と、それらに宿るベルエポックの興奮と喧騒だった……

とっておきの漫画。『ニュクスの角灯』は、そう呼ぶに相応しい。

知らないなんて人生損してる!と声を大にして叫びたくもあり、けれどもこの特別感を自分だけの胸に秘めておきたくもある。そんな相反する気持ちを巻き起こしてしまうほどに魅惑的な、明治ハイカラ・アンティーク浪漫。ここぞとばかりに紹介致しましょう。

時は明治初頭。幕末の動乱が遠ざかり、西洋文化に窓を開いた長崎の鍛冶屋町。身寄りを亡くした美世は食い扶持を稼ぐべく、売り子として道具屋へ奉公に。そこで出会うは謎多き金髪の店主の男と、心優しき強面の大男。そして、西洋から遥々海を越えてやってきた舶来品の数々。

実はこの美世、不思議な能力を宿しておりまして。触れた物を通して、持ち主の過去や未来が見えるという神通力。つまりは超能力者、選ばれし者だ。さあここから始まる明治浪漫サイキックファンタジー!…とはならないのが、この漫画の素晴らしいところ。

確かに神通力がきっかけで店主は美世を雇うのだが、あくまでこの神通力は、物語を彩るひとつの要素でしかない。物語の軸は美世だ。肉親も友達も恋人もおらず、文字も知らず、文化も知らず、この世界すべてに対し引っ込み思案を発動している美世だ。道具屋で働き始めた日を境に、美世の狭っ苦しい生き様も外へ外へと広がり始める。

西洋から長崎へ、ありとあらゆる文化技術が流れこんでくるように、美世の世界にも新しい風が吹き込んでくる。学を身につけ、知識を取り入れ、大人に混じって仕事をこなす。その好奇心と努力は、やがて周りからの承認を得る。少女の生き様は明治の日本国家そのものと重なって見え、ああなんてドラマティックな成長譚だろうか!

物語は勿論のこと、画面までもがドラマティック。今にも動き出しそうなアンティークミシン。蓄音機。幻灯機。西洋ドレスにセーラー服。思わずよだれが出そうなくらい、艶めく骨董品の数々。更に言えば、艶めいてるのは骨董品だけではない。登場する女性陣の魅力的なことと言ったら!

文字すら知らない少女が文字を知り、文化を知り、恋を知り、やがて世界を知ってゆく。物語はまだ始まったばかり。でも少女の成長は著しいから、きっとすぐ遠くへ大きく羽ばたいてしまう。そうなる前に早く、この物語に触れてほしい。ページを開けばほら、文明開化の音がする。

シュールでキュートで時々伝統芸能『能面女子の花子さん』

能面女子の花子さん

織田涼 (著)
価格:540円 20%ポイント還元
★★★★* 20件のレビュー

家庭の事情で能面をつけて生活する女子高生・花子さん。見かけはホラー、中身はキュートな花子さんのスクールライフは、恋あり、友情あり、能面あり!! まわりの視線もなんのその! 能面女子の青春コメディ!!

あなたは能面女子をご存知だろうか。リケジョに歴女に山ガール、カープ女子にそもそも腐女子。このへんはその名が市民権を得て久しいが、いよいよ能面女子の時代が来るかもしれない。いやむしろ、来い。

能面女子とは現時点で、泉花子のことである。高校1年A組。成績優秀。流れるような黒髪。巨乳。繰り返すが巨乳。何より特筆すべきは、代々能面を作る面打ち師の血族であるが故に、伝統に従い、日々いついかなる時であっても能面を付けて生活しているということ。鋼のメンタルを持つ、天下無敵のJK。それが能面女子こと花子さんである。

能面つけたまま電車に乗るし能面つけたまま授業を受けるし能面つけたままお弁当を食べる。彼女の日常は、周囲にとっての非日常。だけど花子さんの人柄が、取り巻く人々をも日常に取り込んでしまう。シュールでキュートで時々伝統芸能。作者の美麗な絵柄とずば抜けたセンスが特殊コメディを盛り上げる。

今年の4月に単行本が発売されて以降、能面女子というパワーワードはじわりじわりと日本を侵食していった。その波は緩やかにけれど確実に勢力を増し、実際、全国のリアル書店からほとんどの在庫が失われた。「能面女子の漫画がどこの本屋にも見当たらない!」という悲痛な声は、「売れている」漫画の影に隠れながらも日本中を細々と駆け巡ったのである。

年間1万冊強の新刊に埋もれて輝く、掘り出し物の真打ち。レーベルとしては少女漫画に属するが、これは男性の皆様も怯まず手を出してほしい作品。ただのイロモノ漫画だと思うなかれ。イロモノも突き抜ければ最高のエンターテイメント。能面にもありとあらゆる表情があるのだと惚れ惚れしてしまうし、ついでに能という尊き日本文化にも詳しくなれてしまう。

更には能面×エプロン。能面×ポニーテール。能面×チャイナドレス。こんなマリアージュがあったとは、と開眼すること間違いなし。騙されたと思って是非一度ご賞味を。ちなみに般若女子も出てくるよ!最高だよ!

おわりに

『これから跳ねる、いやもう跳ねてる?でも更に跳ねるよ!!』な8選、いかがでしたでしょうか。随分長々と語ってしまい、全てお読み頂いたあなたには画面の向こうから三つ指ついて御礼申し上げます。有難き幸せ。

どの作品も、面白さはお墨付きです。更には記事公開時点で単巻のみ、もしくは2巻目が発売されて間もないタイトルに絞っております。今のうちにうっかりちゃっかり手を出して、やがてブームが来た頃に「え?1巻出た時から読んでるけど?」としたり顔が出来たならこれ幸いです。

追記:本記事での特定ジャンルへの配慮が足りないというご指摘に対するお詫び

記事を書かせて頂いたJuuunと申します。言葉の選択の過程で、私に足りないものが多くあったと反省しています。公に文章を発信する以上、無頓着では済まされない点が多々あることを痛感しました。私の表現によって不快な感情を抱かせてしまった皆さん、本当に申し訳ありません。

最近、「世界一周ホモの旅」や「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」というコミックエッセイが爆発的に売れています。これらの著者さん方はご自分のセクシュアリティの如何に関わらず「一般層向けに本を出す」ことを念頭に置き、敢えてこのタイトル表記をされています。

私が同列に語るのはとんでもなくおこがましいと自認の上で、いわゆる一般層を意識して文章を書いた結果、今回の事態を引き起こしてしまいました。ただ、私の意識の根底に決して偏見が存在するのではないことを明文しておきたいと思い、この場を借りて発言させて頂きました。

皆さんの声で己の浅慮に気付けたこと、とてもいい収穫だったなと感じています。ネットリテラシーの面でも身が引き締まりました。今回を経験則として、「数多の本から特別な発見と興奮を」という矜持の元、引き続き書評を発信して参ります。埋もれた傑作が、出来るだけ多くの人に見つかりますように。

以上、Juuunでした。読んで頂き有難うございました。

追伸としてひとつだけ…!私は百合もBLも大好きです。百合は100冊弱、BLは100冊強、本棚に並んでます。「ライターは百合嫌いだろ」というレッテルを貼られたのが大変悲しかったもので、述べさせて頂きました。面白い物語は、人を世界を救います。そこに貴賤など無い!以上です、有難うございました。

この記事を書いた人:Juuun

本屋で働く人。かれこれ十数年、書店チェーンを渡り歩いたり、出版社で営業してみたり。かつては某雑誌でデビューし漫画を描いていた頃もあった模様。何にせよ、本から離れられない人生。とか言いつつ、本以外にも好きなものは盛り沢山。エンタメを貪欲に摂取して生きていきたい関西人。


この企画について:匿名書店員さんによるキュレーションをやろう

キッカケはこちらの記事『電子書籍をリアル書店への拡販と書店員の副業に活用する新メディアプロジェクトの協力者を募集します』で、電子書籍からリアル書店への誘導。もしくは書店員さんの副業として活用できないかなと。
現在、4名の書店員さんからお申し出をいただき、しばらくきんどうで記事掲載後新たなメディアを立ち上げる予定です。
思うにね、本のプロである書店員さんの専門知識はネットでもっと読みたいし、それはお金になる分野なんですよ。むしろ、わたしは参考にしたいからもっと出てきてほしい。
まだ、書店員さん(匿名)だけですがイベント案内やうちの気合のはいった本棚を見てくれ!なんて形でリアル書店さんとも組んで一緒にやっていきたいと考えてます。電子書籍に読者が流れるだけでなく、リアル書店・書店員も盛り上がるようなメディアを作っていきたいので興味のある方はぜひ、お問合わせからご連絡ください。ちゃんと売上に応じてお金もお支払します。

注意事項:Kindle本の価格は随時変更されています。また、本サイトでは購入された書籍や内容についての責任は持てません。ご購入の前にAmazon上の価格・内容をよく確認してください。良い価格で良い本を。きんどるどうでしょうでした。

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