「はじめての伊藤計劃」えっ? 伊藤計劃まだ読んでないの?|天王丸景虎のブックリスト

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こんにちは、きんどるどうでしょうです。将来はじまるだろうKindleの読み放題サービス『Kindle Unlimited』に備えて、プロ・アマ問わず色んなこだわりを持つ方のオススメブックリストを頂く新企画「はじめての◯◯」。
第11回は電子書籍をテーマに最近ブイブイ言わせている天王丸景虎さんにはじめての伊藤計劃をオススメいただきました。先日の早川セールで買い漁りながら積んでる方、読む順番などもオススメされてるので参考にしてもらえるといいかも。

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えっ? 伊藤計劃まだ読んでないの?

どうも。俺だ。景虎だ。初めましての方は初めまして。そして、お馴染みの方はごきげんよう。

今回は伊藤計劃の本をまだ読んだことが無いという人に向けて、「如何にして伊藤計劃を楽しむか」というエントリを書いている訳なのだが、その前に一つだけキミに聞いてみなくてはいけないことがある。

本当にキミは、伊藤計劃の作品を読んだことが無いのかね? 本当にキミは、これっぽっちも彼のことを知らないのだろうか?

もしも、この問いにYESと答えるのであれば、俺はキミが羨ましくてしかたがない。この世の中に読むべき本というものはきわめて少なく、それを見つけ出すことは非常に骨の折れる作業だ。どれだけ多くの作品を読もうと、その作品にたどり着けるとは限らないが、伊藤計劃を読んだことが無いキミはただその作品を読んでみれば良いだけなのだから。

そこで、本稿ではまず彼の作品の魅力について語る前に、彼が一体どのような人物であっかについて大まかに説明していきたいと思う。長くなるかも知れないが、作品にだけしか興味がないというひとは勿論読みとばしてくれて構わない。

それではそんな夭折の作家伊藤計劃について語るところから、本稿を始めるとしよう。

伊藤計劃は憧れの存在だった

さて、突然ですまないが、キミはSF研究会やミステリ研究会といった読書系サークルというものを知っているだろうか?

一応、キミ自身が「そう言う危なそうなサークルには近づかないようにしてるんで……」だったり「まだ大学生じゃ無いんで」といった状況にあることも加味し、ざっくりと説明すると「本や映画や漫画といったコンテンツを偏愛し、貪り喰らい、やたらと熱狂しているという社会的に全く有用性を見いだせないボンクラどもの集まり」が、そういった読書系サークルというものなのである。

そして、何を隠そう。この俺も、SF研究会に、ニワカなボンクラとして所属していたことがあったのである。

加入経験の無い人にとっては全く想像もつかないことかもしれないが、この現実歪曲フィールドめいたサークルに属していると、人間としてちっとも尊敬できないばかりか、何の価値も生み出さないボンクラというものが、一種の崇拝をもたらすステータスに変貌していくようになるのである。

ありとあらゆる堕落の産物を喰いあさり、それを如何に優雅に楽しく語るか、そして、それによってどれだけの人を熱狂させられるかで人の価値が決まっていくようになるのである。

ああ、なんてディストピアか!

そう、熱狂の首謀者、ボンクラの文法を操りし者こそが、このろくでもないが楽しい地獄の王として君臨できるわけである。そして伊藤計劃は映画、ゲーム、小説、アニメといったコンテンツ及び、特に映画やゲーム、SFに関して言えば、超一級のボンクラだったのである。

どのように生きていけば、これ程までに作品を知り、作品を理解し、自分の視点を雄弁に語り、ウィットに富んだジョークを飛ばし、人を笑わせ、奮わせ、気づかせ、動かすことが出来るのか、俺には全くと言っていいほど想像がつかない。

どこの世界に原作者を動かすファンボーイが存在するというのか! そうだ! 彼がそうである!

実際に俺の大学には「大学に八年おり、ありとあらゆる書籍や映画を喰らい尽くした最強のSF研究会員」がいたのだが、彼の知識量と愛とを累乗したとしてもあまりあるほどに、伊藤計劃の愛とひきだしは、圧倒的なまでの熱量を誇っていたわけである。

彼はもはやこの世の中にはいないがそれでもなお、問いを投げてみたくなってしまう。

「その愛と理解はどこからくるのか?」と。
「この作品は一体いかなる意味を持つもの」なのかと。

これは「Cinematrix: 伊藤計劃映画時評集2」のリベリオンのレビューを見て頂くとよく分かると思う。

私め伊藤計劃は管理社会大好きという、余人には理解しがたいかもしれない性癖を持った人間だったりするのです。
Cinematrix: 伊藤計劃映画時評集2 (ハヤカワ文庫JA)

ぼくはリアリティーあふれる未来、いまぼくらのこの時間から導き出された演繹的な未来よりは、暗黒どん底管理社会のほうが断然萌える体質なのだ。
Cinematrix: 伊藤計劃映画時評集2 (ハヤカワ文庫JA)

などと相当ヤバいところまで極まってしまっている訳である。おふざけと真面目、不謹慎と愛、ふざけきった深刻がそこには確かにあったのだ。

そんなところにありとあらゆる人々が「どこまでボンクラを極めれば彼の境地にたどり着けるのか」と半ば人生を諦めきった心持ちで、五体投地しながら「先輩、伊藤先輩、僕に先輩と呼ばせてください」と泣いてお願いしてしまっていたのである。

そうで無くても、「彼と語りたい。彼と話して答えを得たい」と思わされてしまっていたのである。そう、「ボンクラ界の王」「ファンボーイのカリスマ」にだけ与えられる「理想のSF研先輩」の称号が送られるに相応しい人物こそが伊藤計劃だったのである。

伊藤計劃が如何にして先輩から先生へとなったのか

さて、それではそんな理想の先輩が如何にして作家となったのか、これに関してはメタルギアソリッドというゲームの監督「小島秀夫」氏は作家デビューする前の伊藤計劃についてこんな風に記している。

正直あまりピンと来る出来映えではありませんでした。たしかに、彼には豊富な知識と並外れた理解力があります。(中略)でも、伊藤さんは受け取り側ではなく、送り手側のクリエイターとしてはどうなんだろうという疑問が僕にはありました。
メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット 「伊藤計劃さんとのこと/小島秀夫」

それもそうだろう。

通常、天才的な評論家や批評家が、小説表現の能力を必ず持っているとは限らない。

彼は誰よりも作品の本質を見抜き、作者さえもが気づき得なかった作品の持つ視点や本質を、半ばおふざけも交えて語る天才だった。いわゆる、オタクの天才、非モテの究極と言えばいいだろうか。自分自身が尊敬するだろう究極のオタクと言えば、伊藤計劃以外にいないといっても良かっただろうが、しかし、そんな天才オタクが必ずしも小説表現の能力を先天的に持っているかというとこれはNOである。

しかし、彼は次第に小説家としても頭角を現すようになっていくのである。

しかし、ある頃から伊藤さんは代り始めました。まず、ブログで綴られる文章の質が変わり、そこで取り上げられる映画レビューも変化していきました。上手くは言えないのですが、それまでなかった別の「視点」のようなものが文章からうかがわれるようになったのです。
メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット 「伊藤計劃さんとのこと/小島秀夫」

つまり、伊藤計劃は並外れた知識と理解力、そして、その表現力に関しては恐ろしいスピードで進化し、皆から愛される先輩から、作家先生へと変わっていった訳なのである。

伊藤計劃の作品はどの順序で読むべきか?

さてと、ここまで語れば大体伊藤計劃という人物について大体把握出来たことだと思う。そこで、これからは肝心な伊藤計劃の作品を読む上で、どの順番に読んでいくのがベストなのかの話をしていこう。

おそらく、伊藤計劃を始めて読むキミも、そこが最も気になっている所だろうなのだろうと推察する。しかし、なんということだろうか、どの順序で読むも何も、彼の長編作品はたったの三つしか出ていないのである。それは彼が二年という僅かな歳月で三冊の傑作長編作品を送り出し、この世を去ったからである。

どれだけ、気に入ろうと、彼の作品をもっと読みたくなろうと、長編は三つだけ。多くの伊藤計劃ファンが怪しげなポエミィを乱発したり、やたらと神格化したがったり、やたらとしくしく泣いていたり、逆になにくそと力んだりしているのはこういう事なのである。

たったの三つ、さてそれではどう味わうべきか? 俺から提案するのは以下の通りである。

一番最初に読む作品としてオススメしたいのは、圧倒的に虐殺器官か、ハーモニーだ。

このどちらを先に読むべきかというのを決めるには、まずは両方を購入した上でそれぞれ、最初の数十ページを読んでみるといいだろう。「こっちだ」と直感で読みやすいと感じた作品をまずは一つ読んでみると良い。

特にライトノベルを愛しており、女の子が出てこないと読むのが辛いという人は間違いなくハーモニーを選ぶべきだ。「お、これは百合小説かな?」と油断して読んで、伊藤計劃という物を思い知らされるのが良いだろう。そして、もう一度最初から読み直そう。

逆に「キャピキャピしたのはどうも……」という偏見を持っているのだとしたら、虐殺器官だろう。こちらも繊細な語り口の作品なので好みはわかれるだろうが、特に、スパイ物作品が好き、格好いいルビ使い、言葉遊びが好きなのであれば、これはぐっさりハマる作品だと保証する

そうして、一作品目を読んで気に入ったら、次に選ばなかった方を読む。

次に、「メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット」か「The Indifference Engine」で好きな方を選んで読みつつ、息抜きに「伊藤計劃記録 I Ⅱ」や「Running Pictures/Cinematrix」などの映画レビューなどを読み、紹介されている映画で気に入った物を楽しむ。

最後に締めとして「屍者の帝国」の映画と小説を見てみるのがベストである。

そこまで読み終わり、伊藤計劃という娯楽に圧倒的なまでにハマってしまうと、もはや読んでいない人に対して、俺と同じ認識しか持ち得なくなるだろう。

「えっ? 伊藤計劃まだ読んでないの?」と。

さて、長くはなったが、実際に作品についても軽く紹介していこう。もはや、紹介などしなくてもキミが読むべきであるという事実は、確定的であるからして、拒否権など三千世界のどこを探してもあるわけ無いのだから、紹介などしなくたって構わないのだけれど、一応便宜的に、軽く紹介していくこととする。まぁ、これを読むよりも作品を読んだ方が早いと思うぞ。三冊だからな。

「えっ? 伊藤計劃まだ読んでないの?」はじめての伊藤計劃

虐殺器官

伊藤 計劃 (著)
価格:616円
★★★★☆ 222件のレビュー

9・11以降の、“テロとの戦い”は転機を迎えていた。先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加していたう(……)彼の目的とはいったいなにか?大量殺戮を引き起こす“虐殺の器官”とは?現代の罪と罰を描破する、ゼロ年代最高のフィクション。

今回紹介する作品の中では最も、彼の作家性が色強く反映されていると思えるのが、この虐殺器官である。そしてこれは、多くの人がタイトルを見た時点で「ええ!? 虐殺!? なんかそういう感じの小説なんでしょ? 読む気が起きないわ」と毛嫌いしてしまうというとてつもなくもったいない作品でもある。

何を隠そうこの俺も、本作をカバーをかけずに読んでいて「うわ、コイツ危ない人間だわ」と思われたことが、度々あった。悲しい。全くいわれの無い誤解である。

だから、まずは、その偏見を捨てるところから始めてみて欲しい。タイトルを気にせず扉を開くのだ。

勿論、本作は確かに戦争というものについて描かれている作品ではあるのだが、それに似つかわしくないほどに、繊細かつ、ポエミィな文体で書かれており、また、徹底的に深刻なテーマを抱えながらも、圧倒的にエンターテイメントな作品であろうとしているという特殊な作品なのである。

第三国にて、なんらかの方法によって虐殺を引き起こしている人物ーージョン=ポール。その男を巡って繰り広げられるこの物語は一瞬のスパイ小説じみた要素も内包している。エンターテイメントとしても、セカイ系SFとしても楽しめる本作を、どうか人生に一度は味わってほしいものである。


ハーモニー

伊藤 計劃 (著)
価格:616円
★★★★☆ 145件のレビュー

〈ベストセラー『虐殺器官』の著者による“最後”のオリジナル作品〉これは、“人類”の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語——急逝した著者がユートピアの臨界点を活写した日本SF大賞受賞作※本文中にHTMLタグのような表記がありますが、これは本書の仕様です。


さて、虐殺器官と打って変わって、今度はハーモニーという本棚に置いてあっても不都合が無いタイトルの作品を紹介しよう。

これは実に「感動する小説ですよ」といった類いのものにみえるわけだが、言っておくがこれは劇薬である。読み始めて「あ、なんかライトノベルっぽい感じ! 虐殺器官より読みやすそう!」「百合物か! いいね!」などと軟派な気持ちいると、ラストに突き進んでいく上で、まず間違いなく嗚咽を漏らすことになる劇薬である

そして、この作品が気に入れば、伊藤計劃の「突き放しっぷり」が癖になり、好き好んで毒を喰らいに行くというドM読者になること間違いなしの作品なのである。

本作は一応、核戦争の影響から、人の命や健康という物が第一とされ、体内に埋め込まれた医療分子によって常に健康状態を監視、病気や体に悪影響をもたらす要素を自動的に排除するという世界観になっている。

生命主義の名の下に、社会の構成員たる人間が、それぞれの健康を気遣い、誰もが他者に対して優しくなくてはならず、また生活そのものをデザインし、永遠に健康かつ健全でなくてはいけないという『実に素晴らしい』ハーモニーに満ちた世界が舞台になっているわけである。誰もがそのディストピアを自ら受け入れ、他人にもそうあるようにと強制する世界の中で、三人の少女がそれに対しての小さな反逆をするところからこの物語は始まっている。

「思いやりと慈しみでじわじわと人を絞め殺す社会」と語れるような独特のディストピア観とその中で引き起こっていく事件、過去の因縁、どこをとっても面白いが特筆するべきはそのラストの突き放しっぷりだろう。

作家の中で読者を突き放した作品を書ける作家はそれほど多くない。それには多くの場合、大失敗に終り、読者から非常な程までの誹りを受けるか、駄作と切り捨てられ忘れられてしまうかのどちらかだろう。だが、本作ハーモニーについて言えば、ラストであれだけ突き放されていながら、もう一度最初から読み返さなければいけない気持ちにさせられるのだ。

「こんなハッピーエンド。ありかよ」と。


メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット

伊藤 計劃 (著)
価格:719円
★★★★* 51件のレビュー

暗号名ソリッド・スネーク。悪魔の核兵器「メタルギア」を幾度となく破壊し、世界を破滅から救ってきた伝説の男は急速な老化に蝕まれていた……。戦争経済に支配された世界と、自らの呪われた運命からの解放のため、伝説の英雄ソリッド・スネーク最後の戦いが始まる。全世界でシリーズ3300万本を売り上げた大ヒットゲーム完結編を完全小説化!


「ノベライズ作品などと言うものは稚拙なもので、本編のファンだけが楽しめるオマケのようなものである」と言い切ってしまうと、流石にこの俺様が偏見に満ちたクソオッサンという事で結論がでそうな感じはするが、まだ判断を急ぐな。

そもそもキミも少なからず、同じような偏見を持っているはずだ。「原作至上! メディアミックス反対! どうせ下らない作品になっているのに決まっている!」などと心の奥底では思っているはずだ。逆に原作を知らなければ「原作を読まずにメディアミックス作品を読むなんて……無しだよなぁ」と考えて、結果として原作をプレイしたり、読んだりする時間が無いから、結果として読まないという状況に陥っていたりはしないだろうか?

だがしかし、本作「メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット」に関してはそんな偏見が一切通用しない、ノベライズにありがちなチープさがほとんど無く、まさにノベライズの臨界点とも言える傑作に仕上がっていた。

とは言え、若干問題だなと思える部分もある。それはある種ノベライズというものの限界点だと言っていいだろう。そう、本作ゲームにて語られた用語に関して説明が簡略化されている部分も若干あるということである。

それに関しては多少はWikipediaなどで調べてみる必要があるだろう。是非ノベライズというものの臨界点を君の目で確認してくれたまえ。コナミと小島監督は無茶苦茶もめたりしたけれど、それはあんまり気にするな!


The Indifference Engine

伊藤計劃 (著)
価格:594円
★★★★* 17件のレビュー

ぼくは、ぼく自身の戦争をどう終わらせたらいいのだろう(……)表題作をはじめ、盟友である芥川賞作家・円城塔が書き継ぐことを公表した『屍者の帝国』の冒頭部分、影響を受けた小島秀夫監督にオマージュを捧げた2短篇、そして漫画や、円城塔と合作した「解説」にいたるまで、ゼロ年代最高の作家が短い活動期間に遺したフィクションを集成。


さてと、これまで紹介してきた三作品で、伊藤計劃の長篇小説はもう無い。終わりだ。

その三作品をページがすり切れるほど読み続けたキミには申し訳ないが、あとは彼の計画の過程で出来上がったものを発掘していく他ない。もしも、これまで紹介した三作品で、彼の魅力にどっぷりと漬かっていたとしたら、「どうして彼の言葉が世界にいないのか?」などと恥ずかしいポエムを並べ立ててしまう俺の気持ちも幾許か理解できるようになっているのかもしれない。

まぁ、いずれにせよそれは無い物ねだりなのだが。諦めて彼の足跡を辿っていこう。

そんな彼の計画が、短編や漫画によって残されているのがこの「The Indifference Engine」である。特に、自分自身は虐殺器官よりもこの表題作である「The Indifference Engine」の方が好きだ。

これは少年兵の視点から描かれている物語なのだが、虐殺器官を読んで感じた「アメリカ兵なのにアメリカ兵っぽく無い幼い感じ」というものが、こちらでは全く違和感なく表現されている。

戦争が残した傷跡を引きずり、終戦後の世界に戻れずにいるアフリカの少年兵。彼はアメリカ主導のCMI(兵士の怪我や心の治療)を受けることになる。公平化機関(インディファレンスエンジン)という処置を脳に受けた少年兵が、その後、どんな末路を辿るのか?

と、あらすじを語るとこんな形だが、ハーモニーなどでも表現されていた「博愛というものの嫌らしさ」「愛と平和を無神経に押しつけられる不愉快さ」というものが、ずしんと腹の底に響く重さで描かれており、読んでいてニヤニヤしてしまうこと間違いない作品である。ここにも楽しい地獄がある。そしてまた、戦争という物のありかたがある種シニカルに描かれているのが個人的には気に入っているのである。

あとは、「From the Nothing, with Love」という短編も素晴らしい。彼の愛する007シリーズをモチーフとして、所有物(プロパティー)として扱われていくジェームズボンドが、その出生にまつわる研究によってひき起こる殺人事件を追うように銘じられるというものなのだが、実のところハーモニーを既に読んでいる読者にとっては思うところが多い作品になるはずだ。全く別の文脈で語られるハーモニーとして楽しめる作品になっているのである。


伊藤計劃記録 I

伊藤 計劃 (著)
価格:723円

メタルギアソリッド、リドリー・スコット、押井守、そしてウィリアム・ギブスン――個人ブログ「伊藤計劃:第弐位相」を中心に、SF、映画、ゲーム、さらに自らの病について綴られた数々の文章。その独特の語りと、冷静かつユーモアを湛えた世界への視線で、作家デビュー以前から類いまれな才能をうかがわせた2001~2005年までの文章を収録する全記録第1弾。

伊藤計劃記録 II

伊藤 計劃 (著)
価格:723円

『虐殺器官』による衝撃のデビュー直後のロング・インタビュー、円城塔との対談、そしてデヴィッド・フィンチャーや「ダークナイト」、『ディファレンス・エンジン』などについて、死の直前まで書き続けられた個人ブログ「伊藤計劃:第弐位相」――2006~2009年までに作家・伊藤計劃が著したフィクション以外の文章、インタビューを集成する全記録第2弾。


本作は勿論小説では無い。これは、伊藤計劃が更新していた「第弐位相」というはてなブログを中心として、メタルギアソリッド2の限定版同梱ブックレットや、円城塔との対談、インタビューといった物をまとめた、まさに新たに伊藤計劃ファンになった人とっては嬉しい一品なのである。

勿論、「第弐位相」で執筆していた映画レビューなどは未だにはてなブログで読むことが出来るので、そちらで試し読みしてみるのもいいだろうが、最終的には本として買っておくべきだろう。読みやすいぞ。

さて、そんな伊藤計劃記録の中でも俺がずっと忘れられないでいるのは「制御された現実とは何か」において語られている、伊藤計劃と癌のくだりである。何故、こんな今にも死にそうな状況で、映画の設定を比喩に出して面白おかしく語ることが出来るのか、好きなメタルギアソリッドの話を饒舌に語ることが出来るのか、実のところ俺にはハイレベルすぎてよく分からない。

だが、膝下の制御と感覚を一切失った状況で、膝下ダークマンという不謹慎ジョークが飛び出すのが凄い。どんな状況においても面白いが勝つ、好きが勝つという伊藤計劃のその人となりを垣間見た気がして、俺は笑えないのだけれど笑ってしまうわけである。

そんな、どこまでもオタクで、作家であった伊藤計劃の人となりを見て、泣くも良し笑うも良し。色々な楽しみ方が出来る良いエッセイ、レビュー本になっているので、ファンになった暁には是非読んでみると良いだろう。


Running Pictures―伊藤計劃映画時評集1

伊藤 計劃 (著)
価格:723円
★★★★★ 5件のレビュー

「マトリックス」「シックス・センス」「ファイト・クラブ」「トゥルーマン・ショー」「007/ワールド・イズ・ノット・イナフ」――デビュー以前に著者が運営していたウェブサイト「スプークテール」で書き続けられていた映画時評67本+αを、2分冊で完全集成(……)第1巻は44本を収録。


実際先ほど紹介した伊藤計劃記録にも映画レビューは書いてあるのだが、本人曰く、「はてなブログはだらだらした感じの文章で、気合いを入れて書いたのはSpooktale(伊藤計劃の運営していたサイト)で」ということらしいのである。

そして「Running Pictures―伊藤計劃映画時評集1」は、その気合いの入った映画のレビューだけをまとめて本にしたものになっている。

特に「Running Pictures―伊藤計劃映画時評集1」での見所レビューは「L.A.コンフィデンシャル」と「トゥルーマン・ショー」。これは両方とも実に良い映画なのだが、正直な話、俺はそれを見て「いやー凄かった。面白かった」という感想しか述べることが出来なかったのだ。小学生並みの感想である。恥ずかしい。

彼はもちろんの事ながらそんな稚拙な言葉で終らせずに、精密に分析し、理解し、記述している。一度見たはずの映画なのにもう一度「L.A.コンフィデンシャル」を見返してみたいと思ったほどである。「トゥルーマン・ショー」に関しても、彼の最後の演技の持つ意味合いについて指摘していて、改めてその作品を見る姿勢というものを深く考え直された。

もしも本作で語られている映画を見たことがあっても、なかったとしても、彼のレビューを読んでから新たな視点で作品を味わってみるというのも非常に贅沢なのでは無いかと思うわけである。(ちなみにトゥルーマンショーはプライムビデオで見ることが出来るので見よう)


Cinematrix―伊藤計劃映画時評集2

伊藤 計劃 (著), 早川書房編集部 (編集)
価格:745円
★★★★★ 2件のレビュー

「アヴァロン」「ハンニバル」「ブラックホーク・ダウン」「ボーン・アイデンティティー」「マトリックス リローデッド」「イノセンス」――デビュー以前に運営していたホームページ「スプークテール」で書き続けられていた映画時評を完全集成する第2巻(……)注がれる伊藤計劃の映画への愛情が、さらなる深化を見せる全24本を収録。


さて、そんな伊藤計劃の映画レビュー本の二冊目がこの「Cinematrix―伊藤計劃映画時評集2」である。

冒頭でも紹介した「リベリオン」のレビューが本当に面白い。この「リベリオン」は俺自身もトンデモ作品だが、愛さずにはいられない作品の一つだった。

そんな俺は、リベリオンにおける管理社会が「何故、七〇年代SFの設定」だと言えるのかという記述が、「一九八四年」や「未来世紀ブラジル」「マイノリティー・リポート」などを引き合いに出して易しく語られている部分を読んで、「自分の頭の中には全く生れてこなかった思考だ」と飛び跳ねながら喜んで周りから気味悪がられた事がある。

とにかく引き出しも語りも、視点も全然俺とは比べものにならないのである! 比べたら失礼だけどな!


屍者の帝国

伊藤計劃 (著), 円城塔 (著
価格:780円
★★★*☆ 85件のレビュー

屍者復活の技術が全欧に普及した十九世紀末、医学生ワトソンは大英帝国の諜報員となり、アフガニスタンに潜入。その奥地で彼を待ち受けていた屍者の国の王カラマーゾフより渾身の依頼を受け、「ヴィクターの手記」と最初の屍者ザ・ワンを追い求めて世界を駆ける―伊藤計劃の未完の絶筆を円城塔が完成させた奇蹟の超大作。


さて、最後に読むことになるのは、この作品の他に無いだろう。ずばり、屍者の帝国である。

ただ、この作品はどうにも好みがわかれそうに思える。何故なら、この作品は伊藤計劃自身が書いた作品では無く、厳密に言えば冒頭の草稿30枚以外は、すべて彼の盟友である円城塔によって書かれたものになっているということなのである。

よって、人によっては賛否がかなり分かれる作品であるだろう。俺は個人的に物凄く楽しんで読めるようになったが、それでも、どうしても円城塔の作風が合わないという人もいるだろうから、試しに読んでみて無理そうであれば、是非、映画版の方をチェックしてみてほしい。

あれは、本当に素晴らしいものだった。たまには映画を映画館で見るのも良い。そう思わせてくれる一作である。

まとめ

さてはて、ここまで伊藤計劃の作品と伊藤計劃について紹介を紹介してきた訳だが、どうだっただろうか? 読みたい気持ちになっただろうか? もしならなければ、俺の至らなさが原因であるからして、全て俺に責任を追及していただいても構わない。

だが、一つだけ、ここでは世の真理についても語っておこう。

多くの人は、小説を読むときに何かを求めている。刺激的な体験、感動、笑い、喜劇、悲劇、絶望、ここではないどこか、暇つぶし、萌え、ゆるさ、スリルに満ちた体験、読んでも全く為にならないもの、読んで自分の為になるもの、などなどそれは多岐に分かれてはいるものの、それは多分に漏れずキミもそうだろう。

その作家が己に何を与えてくれるのかと。キミはそれを考えて、本を読むのだろう。

そして、伊藤計劃が与えてくれるのは、噛んでも噛んでも味が無くならない最高のエンターテイメントである。勿論これをワクワクドキドキしながら読めば、不謹慎エンターテインメントという事にはなるのだろうが、逆に深刻なテーマを取り扱ったディストピア系SFとして読めば、本当にいつまでも語るに尽きない作品になるだろう。社会の歪さを描いた作品として読むのもいい、純粋にその文体に酔いしれるのも良い。

ともかく、人の数だけ、楽しみ方があり、それは彼が愛した作品達を彼自身がそう味わったように、キミ自身にもそれを求めてくる訳である。

そして、彼の味わい深い物語を堪能した後には、必ずと言っていいほど、何か言わなくてはいけない気にさせられる。これは誓ってもいい。間違いなく、何かを。それは賛否両論があるにせよ、数日たてば忘れられるようなものでは無いのである。

それ故に、彼の残した計画は、多くの人に影響を与え、熱狂と悪ふざけによって未だに続いている訳なのだ。そう彼の計画は一過性で終る類のものでない、これからもずっとずっと多くの読み手によって、語り継がれていく、計画になることだろう。

そして、キミもそろそろその計画へと加わってほしいと俺は切に願っている。

では、失敬。

この記事を書いた人:天王丸景虎

至って健全な厨二病WEB小説クラスタ。小説家になろう、KDPデビュー寸前。気軽にリプライくだされ。職業は一応ライター。
Twitter:@10kgtr
景虎日記:http://www.10kgtr.net/
サイト:http://ushitora.org/


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