長編小説にありがちな「この人誰だっけ?」を防ぐ。キャラクターに個性を生み出すプロの書き方

この記事はKindle作家”八幡謙介”さんからゲストポストいただきました
1304153こんばんわ。ギター講師兼作家の八幡謙介です。今回は、表現やプロット創作の技法ではなく、読者の負担を軽減するための工夫を、プロの作家さんの小説を例に挙げて解説したいと思います。
小説を読んでいて、一番ストレスに感じることは、登場人物が誰だか分からなくなることです。そのまま読み進んでもやっぱり誰だったか思い出せないことが多く、かといって、せっかく読み進めてきたのにまたページを戻るのもめんどくさい。そうして結局断念してしまった小説のひとつやふたつ、誰にでもあるはずです(私の場合、ドストエフスキーの「悪霊」)。
しかし、どれだけ長く、登場人物が多くても、「この人誰だっけ?」にはならない小説は数多く存在します。また、そんなに長くないのに、すぐに誰が誰だか分からなくなる小説もあります。どうやら「この人誰だっけ?」は、私の読書力や記憶力の問題ではなく、作品の構造上の問題であるようです。
私はこの点に着目し、実際に読んで「この人誰だっけ?」にならなかった長編小説を研究してみました。すると、いずれも人物の初出に工夫があることを発見しました。
そこで今回は、私が選んだプロ作家さんの作品から、「この人誰だっけ?」を回避するための人物の登場のさせ方を学んでいきたいと思います。いい例/悪い例とあるのですが、悪い例を挙げるのはさしさわりがあるので、今回はいい例のみにします。
こちらもどうぞ:文章校正の5つのテクニック「誤字・脱字・誤変換を効率よく発見する方法」

さて、実例を挙げる前に、「この人誰だっけ?」になる原因を探ってみたいと思います。

NG1 主要人物を一度に登場させる

主要人物を一度に出してしまうと、どうしたって一人一人の描写が薄くなってしまいます。当然、読者の頭に残るそれぞれの人物のイメージは、かなりぼんやりとしてしまいます。そのまま物語が進んでいくと、高確率で「この人誰だっけ?」となるでしょう。といっても、「主要人物を一度に登場させる」ことは、禁則事項ではありません。難しいから上達するまではやらない方がいい、というだけです。後でみる三島由紀夫の「鏡子の家」なんかは、主要人物5~6人を冒頭からいきなり出しています。それでもちゃんと書き分けられているのはさすがです。
昭和の文豪はさておき、まだ小説を書き始めて間もないような方は、これをやらないほうがベターでしょう。私もまだちょっと怖くてできません。

NG2 初出のシーンが平凡

これも禁則ではないのですが、人物の初出シーンが平凡だと、印象はどうしても薄くなってしまいます。漫画なら、キャラの可愛さ、格好良さで惹きつけることができますが、小説ではちょと厳しいでしょう。それに、平凡なシーンでは、人物の動きも必然的に地味になります。リビングでテレビを観ながらくつろぐ、コンビニで買い物をする、そうした日常の動きの中で、読者に人物を印象付けるには、相当な技術と経験が必要でしょう。

NG3 名前だけで動かす

主要人物の登場シーンを派手にしたはいいものの、人物そのものを一切描写せず、名前だけでどんどん動かしていくと、シーンの派手さばかりが記憶に残り、肝心の人物は読者の記憶に残りません。その結果は……もうお分かりでしょう。初出は、ただ単にドタバタするだけではなく、派手さの中にきっちりとした人物描写が成されているべきです。

NG4 同じ属性のキャラを同時に出す

二人の主要人物を初出で同時に出すとします。その際、二人が同じ属性だと、読者が混同してしまう恐れがあります。属性とは、例えば、高校で同じクラスの同姓の友人。これだと年齢や性別、それに学校のシーンなら服装まで同じなので、相当気をつけて書き分けないと、後々読者が人物を混同しやすくなります。
この場合は、「どっちがどっちだったっけ?」です。作者がそれぞれの人物の特徴をきちんと掴んでいて、書き分ける技術があれば問題ありませんが、まだ自信がない場合は、同じ属性のキャラを同時に出すのは危険です。これも私はやりません(まだ自信がないので)。

NG5 主要人物が舞台から完全に消える

Aという人物が前半で登場し、一旦消えて、また後で再登場するとします。その間、彼が必要ないからといって、Aには一切触れずに物語を進めていくと、読者に彼の存在を忘れられてしまいます。その結果、Aが再登場したとき「この人誰だっけ?」となってしまいます。主要な人物は、用が済んだからといって完全に消してしまうと危険です

以上が私の知っている範囲での「この人誰だっけ?」の原因です。そうならないために、小説を書く際は、十分な対策を練る必要があります。しかし、自分で発明する必要はありません。先人から学び、それを拝借すればいいのです。といっても、完全にパクるのではなく、雛形を拝借するのです。
では実際に、過去の作品から、人物の登場シーンを学んでいきましょう。

NG1「主要人物を一度に登場させる」への対処:主要人物は主人公と<つがい>で登場させる。

ドストエフスキー「罪と罰」

ドストエフスキーの「罪と罰」は、長編のわりには読みやすいと言われています。実際、私も十代で初めて読んだのですが、初読でも「この人誰だっけ?」にはならなかったと記憶しています。では「罪と罰」の前半で、主要人物たちがどのように登場するか見てみましょう。
まずは主人公ラスコーリニコフが一人で登場します。その後、金貸しのアリョーナ・イワーノブナ、マルメラードフ、スヴィドリガイロフ、と初出では必ず主人公と<つがい>で登場し、対話を繰り広げます。ラスコーリニコフの敵ともいえる、イリヤ・ペトローヴィチ、ニコージム・フォミッチとは三人で、その後友人のラズミーヒンとやはり二人で対話し、たっぷり話した後、遅れてゾシーモフが現れます。
これ以降も人物は登場しますが、やはり初出では<つがい>もしくは少人数です。
この、主人公登場→主人公が主要人物たちと個別に出会いながら物語が進行、という雛形を真似することはパクりではありません。

NG2「初出のシーンが平凡」への対処1:描写で人物を印象付ける

金原ひとみ「蛇にピアス」

冒頭でいきなり、スプリットタンと呼ばれる、舌先が蛇のように分かれた男が登場します。強烈ですよね。『痛そう』、『気持ち悪い』あるいは『格好いい』、『イカれてそうで面白い』などなど、様々なイメージが湧いてくるはずです(私は、『痛そう』)。作品では、この蛇男ことアマの初出での描写は「舌先が蛇のように分かれている」というだけで、具体的な描写はもう少し先となっています。そしてすぐに主人公ルイとアマはピアス屋に出かけます。そこでルイがシバさんとやりとりしている間、アマの描写はかなり減りますが、最初のイメージが強烈に残っているので、どこかアマも頭の隅に残っています。
人物の初出で、彼/彼女の最も特徴的な部分をいきなり出す。すぐにも真似できる雛形です。

NG2「初出のシーンが平凡」への対処2:行動で人物を印象付ける

平野啓一郎「決壊」

主要人物の中でもかなり重要な位置を占める、中学生の北崎友哉の初出シーンです。上巻三の「秘密の行方」冒頭。このシーンでは、まだ人物は「少年」としか描写されていないのですが、その少年の行動があまりにも異様で、そのことによって彼の人物像が浮き彫りとなります。
場所は教室、体育の授業中なので誰もいません。そこに少年はこっそりと忍び込み、ひとりのクラスメイトのバッグや制服を漁ります。そして目的の携帯電話を見つけると、データフォルダから、ある写真を自分のパソコンのアドレスに送信します。さらに彼の財布から二千円抜き取り、ジャージに唾をかけ、足で踏みにじります。今度は別の机に近寄り、筆箱からシャーペンを盗んでから、硬直した性器を机の縁に触れ、筆箱にもなすりつけます。
もうこれだけで、彼がどんな人物か十分イメージできるでしょう(笑)ちなみにこの北﨑友哉は、後に無差別殺人を犯します。
こういった手法は、作者がその人物をきっちりと把握していないと出来ません。登場人物を書きながら育てるタイプの作家さんには向いていないのかもしれません。

NG3「名前だけで動かす」への対処

これは比較的簡単で、多くの方が無意識に実践していることだと思います。単に、初出できっちりと人物描写をしてから動かす(あるいは、動かしながら人物描写につなげる)ということです。京極夏彦「姑獲鳥の夏」の冒頭のシーンなんかはいい例だと思います。あれだけ会話が続けば、嫌でも人物が頭に入ります。
その他、好きな小説の、主要人物の初出シーンを丹念に読み返すと、必ず何かしらの工夫が見られると思います。

NG4「同じ属性のキャラを同時に出す」への対処:主人公と敵を<つがい>で出す

もう一度ドストエフスキー「罪と罰」を見てみましょう。
本作では、主人公ラスコーリニコフと主要人物たちが、かならず<つがい>で登場するとご説明しました。さらに、その人物たちは、たいていが主人公の敵またはそれに準ずる役割を持っています。つまり、属性が違うということです。属性が違う人物と二人でいると、当然衝突が生まれます。その人物と一悶着あって、次のシーンでまた新しい人物と主人公が出会う、属性が違うからまた衝突が起こる……こうやってどんどんと話が進んでいき、いつの間にか読者の頭には主要人物たちがはっきりと描かれています。さすが歴史に名を残す文豪だけあります、凄いですね。
「罪と罰」では、主人公と誰かの<つがい>が主ですが、必ずしも主人公である必要はないのかもしれません。いがみ合っている者同士、あるいは、先生と生徒、上司と部下など、属性は近いけど立場の違う者同士の<つがい>も面白そうです。仲のいい友達同士だと、どうしてもシーンがふんわりしてしまいがちです。

NG5「主要人物が舞台から完全に消える」への対処

主要人物Aが前半で登場し、しばらく舞台から完全に消えます。漫画では、死んだことにしておいて、実は生きていた! といった設定がよくありますよね。この「死んでいる」間にAを登場させるわけにはいきません。かといって、ほったらかしだと、読者に忘れられてしまいます。
ではどうするかというと、Aの噂話や、思い出話を他の人物に語らせるのです。そうすると読者は、最低でもその瞬間だけ、Aを思い出してくれます。もちろん、これはAを初出できっちりと印象付けられていることが前提ですが。
こういった気配りを、平野啓一郎「かたちだけの愛」で確認することができます。

平野啓一郎「かたちだけの愛」

主人公の相良は、デザイン事務所の経営者。事務所には、少し頼りない助手の緒方君がいます。緒方君は主要人物のうちの一人ですが、登場回数は比較的少なく、キャラもちょっと薄め。そんな緒方君を読者が忘れてしまわないよう、作者は主人公とヒロイン久美のメールのやりとりに彼を登場させています。もちろん、本人が物理的に登場するのではなく、噂話として。少し気になって前後にページをめくってみると、やはり緒方君は結構長いこと登場していませんでした。ということは、メールでの緒方君の噂話がなければ、彼が再登場した際、「この人誰だっけ?」になっていた可能性は高いでしょう。作者はそれを恐れて、本来なら全く関係のない緒方君を、主人公とヒロインのメールの話題に登場させたのでしょう。細やかな気配りがプロの仕事を感じさせます。
これはちょっと、テクニックや気配り、バランス感覚が必要なので、すぐに真似するのは難しいかもしれません。いろんな小説を読んで、主要人物の登場頻度などを研究してみるのもいいでしょう。長編を面白く読ませられる作家は、こういったバランス感覚に優れているのだと思います。

ちょっと細かなテクニック論

番外編1 登場前に人物の噂を

主要人物Aの初出の前のシーンで、別の人たちにAの噂話をさせます。そして、次のシーンでAを登場させます。読者にとってはもうすでにAの人物像がだいたい分かっているのですから、実際に登場した際は、余裕を持ってその人物をイメージすることができます。
きんどるどうでしょうでおなじみ、こくぼしんじさんの「それゆけライターズ」第4回 キャラ立ての極意①にて紹介されている「おみこし理論」と同じです。これを主人公だけではなく、脇役にも使います。

①主人公登場の直前で「おみこし」

また「決壊」から引用します(僕は平野さんの大ファンなので)。主人公は沢野崇、彼は上巻二の冒頭で登場します。その直前、上巻一の最後で、崇の弟と母が、実家のリビングで彼の話をします。それも、噂話といった程度ではなく、人物の本質に迫るようなエピソードをたっぷりと枚数を割いて語ります。その後、章が変わり、本人が登場するのですが、この時点で読者の頭の中には、彼のイメージがだいたいできあがっているので、初出でもすんなりと受け入れられます。う~ん、やっぱり上手いなあと関心。これは比較的真似しやすい雛形ですね。

②もう、ほぼ全員におみこし

「罪と罰」では、主要人物のほとんどが、初出の前に一旦担がれてから登場しています。前半部分だけを見てみると、
カテリーナ・イワーノブナ(マルメラードフの妻)
マルメラードフとラスコーリニコフが酒場で彼女の話をする。その後、家に帰る→カテリーナ登場
ラスコーリニコフの母、妹、スヴィドリガイロフ、ピョートル・ペトローヴィチ
母の手紙に、これらの人物について書かれてあるのを、ラスコーリニコフが読む。→後で、手紙の中の人物たちが、個別にラスコーリニコフと<つがい>もしくは少人数で登場
ラズミーヒン
ラスコーリニコフは、一度彼を街角で見かける、しかしそこでは話をせず、彼について回想するだけ→後でラズミーヒンに会いに行く
とまあ、主要人物を噂話や手紙、偶然の出会いなどで一旦担いで読者に軽く印象付けてから、後で主人公と<つがい>で登場させ、たっぷりと描写しています。これも真似するのはちょっと難しいかもしれませんが、覚えておいて損はないでしょう。

番外編2 地の文にも敬称を

金原ひとみ「蛇にピアス」

一人称体の小説です。主人公ルイは、彫り師のシバを常に「シバさん」と呼びますが、彼氏(?)のアマは「アマ」と呼び捨てです。これは会話文だけでなく、地の文でもそうなっています。なぜそうしたのでしょうか? それは、ルイとシバの距離感を常に読者に提示したいからだと私は思います。地の文の「さん」付けは、単純な社会的上下関係だけではなく、ルイのシバに対する言葉に出来ない感情を代弁してくれます。地の文でそれらが常に提示されているので、読者はシバのキャラクターや、ルイとの関係性を忘れることはありません。また、「シバさん」「アマ」と何度も出てくることで、ルイの中での、シバとアマの順列も常に確認できます。

平野啓一郎「かたちだけの愛」

こちらは三人称ですが、視点は常に主人公に寄り添う、三人称一視点です。主人公相良の助手緒方君は、主要人物の一人ではありますが、ちょっとキャラが薄いので、忘れられてしまう可能性が高いと予測できます。しかし、彼だけ敬称付きで叙述することで、読者にいい意味の違和感を持たせることができ、その結果「この人誰だっけ?」を回避することができます。また彼の、なよなよとしてどこかコミカルな今風の若者という人物像は、「緒方」ではなく、「緒方君」とした方がより的確に読者へと伝わります。主人公がボス、緒方君がスタッフという二人の距離感も、地の文を「緒方君」にするだけで常に読者に印象付けられます。

おわりに/NGを使っていても成功している小説

最後に、私がNGとした例を使っていながら優れた人物表現に”成功した”小説を挙げておきます。

石田衣良「4TEEN」

連作短編の第一作。主要人物は、中学二年生の仲良しグループ、テツロー、ジュン、ダイ、ナオトの四人。一応、テツローが主人公となっていますが、同い年、同じ中学、上下関係はなく平等な存在です。つまり、同じ属性ということです。作者は冒頭のシーンで、テツロー、ジュン、ダイの三人をほぼ同時に登場させます。描写も4~500字程度とあっさりしています。しかし、その短い字数でしっかりと三人を書き分けています。一つ一つの描写が的確で、本当に上手い。ぜひご一読ください。

三島由紀夫「鏡子の家」

こちらも、主要人物を最初からほぼ全員登場させています。属性はそれぞれ違いますが、鏡子、光子、民子、俊吉、夏雄、収の六人が、冒頭からいきなり登場します。普通はそんなことをすれば、数ページ後にはもう「この人誰だっけ?」になるのですが、そこは三島由紀夫です。彼の筆にかかれば、人数など全く問題となりません。それぞれの人物をしっかりと書き分け、動かしながら、小説全体を象徴するようなシーンを盛り込んだり、回想を織り交ぜながらそこにはいない主要人物の清一郎に触れたり、しっかりと見せ場を作ったりと、恐ろしく芸が細かい。こんなものは真似しようと思ってもできません。うっとりと感心するだけにしておきましょう(笑)
他にも、私の挙げたNGをそのまま使って、しかも成功している作品は無数にあると思います。ぜひそれぞれのお気に入りの小説で探してみてください。
このように、構造から小説を再読してみるのも、作家にはいい勉強になると思います。というと何だか偉そうですが、私はこうやって日夜勉強しています。
余談ですが、拙著「セームセーム・バット・ディッファレン」でも、人物の出し方には工夫をこらしてあります。もしよければご一読ください。

この記事を書いた人

八幡謙介(やはたけんすけ) Twitter @kensukeyahata
京都生まれ、ギター講師兼作家。中学生の頃よりギターと本に親しむ。
2003年バークリー音楽大学卒業。アメリカ東海岸での音楽活動を経て、渡欧。ハンブルク、アムステルダムなどに滞在し、音楽修行の後、2004年帰国。滋賀県でギター教室を営む傍ら、演奏活動を行う。2009年より、これまでにない斬新な視点のギター教則本を次々と発表。2011年、横浜に移住し、八幡謙介ギター教室を開講。2012年より小説の執筆を開始。
ブログ「自作解題」 http://k-yahata.hatenablog.com/
「肯定的文学論」 http://yahata-book.hatenablog.com/

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